第31恐怖「回送列車」
冬のことだ。
久方ぶりに実家に帰省しようと、Yさんは電車を乗り継いでいた。
立ち並ぶビルは次第に少なくなり、やがて田んぼと雑木林が増えていく。
夜になって、とある市街地の駅に到着した。建物ばかりが大きいが、利用者は少なくうらぶれている。ここでさらなる田舎の支線へと乗り換えるのだが、次の電車は三十分後に出発だ。冬の寒々とした風が吹き込む駅舎の中で、しばらく待たなければならない。
暖房のある待合室でも新しく設置されていないだろうか──
駅舎を歩いていると、自分の乗る路線のほうから、電車がやってくる音が聞こえてきた。
と同時に、ベンチに座っていた数人の子どもたちが「来た来た!」と言って立ち上がった。
よかった。出発まで電車の中で待てれば幸いだ。
子どもたちの後ろをついていき階段を下りる。と、学生時代にさんざん利用した懐かしの列車がホームの定位置に落ち着いていた。まるで、一仕事終えた火照る体を休ませているかのような風情だった。そこへ、まだ仕事は終わってないよとばかりに、子どもたちが乗り込んでいく。
Yさんも同じ車両に乗り込んだ。子どもたちはボックス席に座り、Yさんはそこから少し離れた通常の席に座った。がらんどうとしていて、同じ車両にほかの乗客はいなかった。
車内は暖かい空気に満ちていた。自宅の暖房器具にはない温もりを感じる。窓の向こうには、別の路線のホームが見える。まだそんなに遅くもないのに、人はほとんどいない。昔からさびれてはいるが、ここまでではなかった。
たそがれに浸っていると、隣の車両から車掌さんが見回りに来た。
ずいぶん老いた人で、こちらを見ながらゆっくり近づいてくる。
と、車掌さんはYさんの前まで来ると声をかけてきた。
「こちら、回送になりますんで……」
えっと思った。そういえば、子どもたちについてくるように乗ったため、行き先の表示を見ていなかった。
「すみません、勘違いしてました」
Yさんは気恥ずかしさを感じながら列車から降りた。目の前にベンチがあったため、そこに座る。冷たい座席が臀部を伝って首筋までを撫で上げた。
そこで違和感に気づいた。
子どもたちが、降りてこない。
あれっと思い、Yさんはベンチから立ち上がってボックス席のほうを見た。
子どもたちは楽しそうにおしゃべりをしていて、降りようとする気配はない。おそらく車掌さんに声をかけられたはずだが、わかっていないのだろうか。
Yさんはふたたび電車に乗り込むと、子どもたちに優しく声をかけた。
「これ、回送列車なんだって。回送ってわかるかな?」
すると、子どもたちはきょとんとして、それからこう言った。
「回送じゃないよ。ほら」
子どもの一人が、Yさんの頭の後ろを指差す。
振り向くと表示板には「回送」とではなく、行先がしっかりと表示されていた。
そんな馬鹿な。
表示板をちゃんと確認したのはこれが初めてだが、回送だと言ったのは車掌さんだ。どういうことだろうか。まさか、ボケているのだろうか。
Yさんは照れ笑いをしながら、
「おっかしいなー、さっき車掌さんに回送だって言われたんだよねぇ。君たちも言われなかった?」
と聞いた。
すると子どもたちは、やはりきょとんとして、こう言うのだった。
「誰も来てないし、何も言われてないよ」
瞬間、全身に鳥肌が立った。説明できない嫌な感じが体を駆け抜ける。
子どもたちは変な人を見るような目をYさんに向けていた。
Yさんはたまらずその車両をあとにし、べつのところへ移った。
一体、何が起こったのか。
さきほどの老いた車掌さんを思い返す。
そうしてあらためてその姿を頭に浮かべてみると、たしかに、異様な気配を放っていた気がする。
まさか、あの人は……
Yさんはその夜、なかなか寝付けなかったという。
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