第25恐怖「降車ボタン」
高校生のMさんが、友達と東京へ遊びに行った帰りのことだ。
地元の駅に到着した時、すでに辺りは暗くなり始め、冷たい風が吹いていた。
駅舎から出ると、ロータリーに友達の親御さんの車が待機していた。Mさんは自転車だったため、そこで別れの挨拶を交わし、友達は車に乗り込んだ。
車が出ていくのを見送ってから駅を離れ、Mさんは自転車を停めた駐輪場まで歩いた。
ところが、駐輪場に自分の自転車が見当たらない。
付近も含めてよく確認するも、やっぱりない。鍵はかけていたが、盗まれたに違いない。
Mさんはどうしようかと考えた。
歩いて帰ると、この寒空の下で一時間近くかかる。親はこういうときに迎えにきてくれるタイプじゃない。
仕方ない、バスを使おう。
わりと近所まで行けるし、確かこの時間帯なら少し待てばやって来るはずだ。
Mさんはロータリーに戻ってバスを待った。
十分ほどでバスがきた。
乗り込むと暖房が効いておりホッとした。車内には五、六人ほどしかおらず、問題なく座席に落ち着けた。Mさんは前の方の席に座った。
それから五分ぐらいで、あっという間に他の人たちは降車し、車内は貸し切り状態になった。
あと数カ所のバス停を過ぎれば最寄りに到着する。
と、最寄りから二つ前のバス停に差し掛かった時、突然、ビーッと車内にブザーが響き渡った。
あれ、とMさんは思った。自分は押してないのに、降車ボタンが点灯したのだ。
後ろを振り返り車内を確認するが、誰もいない。
どういうことだろうか。
バス停に到着すると、扉が開いた。だが降りる人はいないし、バス停にも誰もいない。であれば止まることなく通過するはずなのだが。
誰も乗り降りせず、扉が閉まった。バスは発進する。次の停留所がアナウンスされる。と、またもや、Mさんが押していないにも関わらず、ブザーが鳴り、降車ボタンが点灯した。
そして同じように、誰も乗り降りしないのにバス停に止まった。
おもわず、運転手さんの横顔をちらりと覗き込んだ。もし自分がイタズラをしていると思われたら嫌だった。だが、運転手さんは何食わぬ顔だった。Mさんはなんだかソワソワした。
扉が閉まり、やっと最寄りのバス停がアナウンスされる。
反射的に、Mさんは素早く降車ボタンに手を伸ばした。
が、しかし。
Mさんが押すより一瞬早く、ビーッとブザーが鳴り、ボタンが点灯する。
全身に鳥肌が立った。何が起こっているのか……なんだか気持ちが悪い。
改めて車内を見渡すが、もちろん誰もいない。まさか子どもが座席に身を潜めていてイタズラでもしているのではと思ったが、その気配はまったくない。
とすると、単なる故障なのだろうか。
考えを巡らせているうち、最寄りに到着した。
Mさんは前方の扉から降りる際、運転手さんに声をかけた。
「あのう、このボタン、壊れてませんか?」
運転手さんは無言で、怪訝な顔をMさんに向ける。
「誰も押してないのに、このボタン、勝手についてたんですよ」
しかし、やはり運転手さんは眉をひそめるばかり。
と、そのときだった。
すぐ後ろから女性の声がした。
「早くして」
バッと振り返る。だが、そこには誰もいない。
怖くなって、Mさんは慌ててバスから降りた。
Mさんのあとには誰も降りてこない。
バスは何事もなく発進し、すぐに見えなくなった。
Mさんはあまりの恐怖でしばらくそこで立ち尽くしてしまった。
あのバスには、何か得体の知れないものが乗っている。それも、一人ではないのでは。
それからというもの、Mさんは人の少ない乗り物を怖がるようになったという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます