第24恐怖「腐臭」


 Sさんが大学生のときに体験した話だ。

 夏休みの中頃、友人宅に一週間ほど泊まることとなった。

 荷物をなるべく軽くしたかったSさんは、服を二日分しか持っていかなかった。友人宅の洗濯機を使うつもりだったのだ。ところが、家に来てみてから、洗濯機がないことを知った。どうやら近所のコインランドリーを使っているらしい。


 三日目の夜、Sさんはランドリーの場所を教えてもらい、洗濯物を持って一人でそこへ向かった。徒歩で五分、うらぶれた団地のそばにあり、古くてこぢんまりした建物だった。

 がたつくスライドドアを開け、中に入る。

 狭かった。

 中央には長テーブルがあり、パイプ椅子が二つ。洗濯機は縦型のものとドラム式のものがあった。

 だが、ドラム式を使うつもりはなかった。料金が割高だからだ。


 壁際に並ぶ四台の縦型洗濯機を見ると、一つは稼働していた。もう二つは動いてはいないが蓋が閉まっており、開けてみると、誰かの洗濯物が入っていた。勝手にどかすのは気が引ける。となると、残るはひとつ、こちらは空いてはいるが……

 Sさんは家を出る際に友人からとある注意を受けていた。


 一番左端の洗濯機は使うな、と。


 空いていたのは、まさに左端の洗濯機。

 なぜ使ってはいけないのだろうか。故障中ではないようだった。張り紙があるわけでも無いし、電源は入る。

 シワが多くつくとか、そんなことだろうか。


 Sさんは深く考えずに、左端の洗濯機に服を放り込んだ。

 洗剤を入れて開始のボタンを押す。と、何も異常なく洗濯機が動き出した。

 Sさんはパイプ椅子に座ってタバコを一本吸ってから、友人宅で待てばいいやと、建物から退出した。


 友人は部屋でゲームに夢中だった。とくにランドリーの話題にはならずに、Sさんはゲームに参戦し、一時間ほどしてから、再びランドリーへ赴いた。

 洗濯機の蓋を開け、服を取り出す。問題なく洗濯できているようだった。

 と、服をバッグに入れようとしたそのとき、何か不快な臭いを感じた。どこからするのだろう。嗅ぎ覚えのある嫌な臭いだ。


 部屋の中を見渡すも、臭いの元になりそうなものはなかった。だが、洗剤の香りに混じって、確かに嫌な臭いがする。

 まさかと思って、洗いたての服を嗅いでみた。

 これだ。

 服から、腐敗臭のようなものが漂っているのだ。


 なるほど、左端の洗濯機を使うなというのは、こういうことだったのか。

 Sさんはため息をついて、別の空いている洗濯機に服を放り込んだ。幸い、ほかの洗濯機がふたつほど空いていた。

 それから三十分ちょっと、洗濯が終わるのをパイプ椅子に座って待った。

 途中で見知らぬおじさんがやってきて、乾燥機から服を取り出し、持ち帰っていった。


 自分の洗濯が終わり、服の匂いを確認すると、腐臭はもうしなかった。安堵してSさんは友人宅に戻った。ハンガーを貸してもらい、部屋干しをする。

「それにしても遅かったな」と、ゲームをしながら友人が言った。

「それがさぁ、ほかに空いてなかったから使っちゃったんだよ、一番左端」

 Sさんがそう応えると、途端に、友人はゲームの手を止めて、Sさんを振り向いた。そして、すぐに服を捨てろと言い出した。

 なぜかと聞いても、あれは呪いの洗濯機だとか、そんな馬鹿馬鹿しいことを口にするばかりで、ちゃんと説明してくれない。服を捨てなきゃ家に泊まらせないとまでいう。

 少々言い合いになってしまい、Sさんは友人宅を後にし、服を捨てずに持ち帰った。


 帰ってすぐカバンから服を取り出したとき、Sさんはどきりとした。

 また、腐臭がする。確かに落ちたと思ったのに。

 Sさんは、今度は自分の洗濯機で服を洗ってみた。

 だが、臭いが落ちるのは一時的で、ちょっと時間が経つとまた腐臭が漂い始める。

 一体、なんだというのか。やはり友人の言う通り、服を捨てるべきだろうか。


 しかたなく、下着類は全部捨てた。だが、お気に入りのシャツは諦められなかった。きっと、何度も洗っているうちに臭いが落ちるはずだ。Sさんはそう考え、再度、洗濯を始めた。

 その頃にはとっくに零時をまわっていたため、どうしても洗濯機の音が気になった。いつもより大きく感じる。いや、間違いなく通常よりも大きい。今まではこんなにガタガタ揺れていなかったはずだ。連続で動かしたので、調子が悪いのかもしれない。


 Sさんはまた明日にしようと思い、洗濯を停止して蓋をあけた。

 その中身を見た瞬間、思考が停止した。

 何か黒くて大きな塊が入っている。一体なんだこれは……

 それが何か理解したとき、Sさんは悲鳴をあげて飛び退いた。


 人の頭だった。たぶん女。

 女の頭が、洗濯機の中に転がっていたのだ。


 恐る恐る、洗濯機を覗き込んでもう一度確認すると、頭は消えていた。

 だが、洗濯機からは凶悪な腐臭が立ち込めていた。そう、嗅ぎ覚えのある感じ、これは血生臭さだ。

 Sさんはすぐにゴミ袋に服を詰め、友人に電話をかけた。

 友人は起きていたようだった。

「あれ、一体なんなんだよ!」

 Sさんがそう言うと、友人は、

「だから言ったろ。呪いの洗濯機だって」

 と口にした。

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