第14恐怖「呼び出し」


 私の勤めるタクシー会社では、怪談話が尽きない。たいていのドライバーはそのような話をひとつは持っている。仕事中に遭遇した事件や、なんらかの体験談というのは、ある種、ドライバー同士のコミュニケーションには必須だ。


 が、それにしても、やけに怖い話が多かった。

 これは、そのなかでも特に怖かった、同僚から聞いた話。


 その夜、同僚のKは、会社のオペレーターから連絡を受け、指定されたマンションへ向かった。


 マンションは裏通りの奥まった場所にあるようだった。近くまで入れるものの、どの建物かはわからない。

 ちょっとしたスペースに停車し、客が来るのを待つ。静かな場所だった。人通りはなく、たまに風が唸った。


 ふと、視界の右端に白いものが映った。ぎくりとしてそちらを振り向くと、運転席の窓の向こうに、白いシャツを着た女が立っていた。いつの間にか客が来ていたようだ。


 Kが運転席の横にあるレバーを引き、後部座席のドアを開けると、女はするりと乗車した。が、そのまま黙り込んでいた。


 ミラー越しに女を見る。一瞬ひやりとした。女はずいぶん不健康な顔つきだった。差し込む街灯の明かりが、目の下の深い隈を強調させている。何より、腹のほうまである長い髪が水に濡れているのが気になった。


 客の下車したあとに座席が水で濡れている、なんて怪談話があるが、どうしてもそのイメージが頭に浮かんでしまった。


「お客さん、行き先は?」


 たまらず声をかけると、数秒置いて女が答えた。


「どこでもいい」


「どこでもって……どこか、おっしゃってもらわないと」


 Kがそう言うも、女は黙りこくった。


「行き先がないなら、降りてください」


 女をまともじゃないと思い怖くなったKは、ドアを開けて言った。

 女は反抗することもなく、またするりと下車した。それを確認すると慌てるようにドアを閉め、発進する。


 そこから離れたあと、明るい大通りの路肩にタクシーを停車し、Kは座席を確認した。

 座席は濡れてはいなかった。ただ、安っぽい香水の香りが鼻をくすぐるばかりだった。



 翌日の夜、Kはふたたびオペレーターから連絡を受けた。住所を確認すると、それは昨夜のマンションのものだった。


 Kはもちろん断った。


 だが、さらに翌日の夜も、それと同じ連絡を受けた。

 また断ろうと思ったが、Kは、なんだかあの女のことが無性に気になった。

 結局、そのマンションへ向かった。


 ところが、近くまで来て、嫌な予感が募った。というのも、マンションのある通りから、派手な赤灯が周辺を照らしているのが見えたのだ。


 通りに入ると、案の定、そこには警察車両と救急車両が並んでいた。

 まさか、あの女に何かあったのでは……


 Kは待機していた警察官に声をかけた。自分は要請を受けてここへ来たこと、客の苗字、指定された住所、それぞれを話した。


 それを聞くと、警官は慌てた様子を見せ、


「おっかしいなー……」


 と、たびたび口にした。

 どういうことか訊ねた。客の身に何かあったのか、と。


「いやね、誰がタクシーを呼んだのか……とにかくおかしいんですよ」


「だから、その女性に呼ばれて私はここへ」


「ちがうんですよ。女性はとっくに亡くなってるんです」


 勢い余ったように警官が言った。しまったという顔をしてから、諦めたのかその先を続けた。


「だから、おかしいんですよ。バスルームに転がっていたその女性、どう見ても、死後一週間以上が経っているんでね」


 その夜以降、例のマンションからの要請はこなくなった。

 近くを通るたび、Kは、あの安っぽい香水の香りを思い出すという。


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