第17恐怖「いらっしゃいませ」


 都市部の夜と田舎の夜とでは、まるで空気がちがってくる。

 そう話すのは、北関東在住のタカシさんという男性だ。

 タカシさんは、地元のコンビニで深夜帯のみアルバイトをしているとのことだった。勤務時間は二十二時から翌六時までで、時々、異様な気配を感じることがあるという。


 ある夜のこと。

 その日は、タカシさんのほか、渡辺さんという普段は昼間にしか入らない主婦の方が出勤した。いつもの深夜帯メンバーが来られないというので、急遽渡辺さんが勤務することとなったのだ。


 タカシさんは渡辺さんとほとんど話したことがなく、少々不安だった。渡辺さんは変わった人物で、たまにボソボソ独り言を呟くことがあった。

 しかし、いざ仕事が始まると、渡辺さんは仕事が丁寧で動きもよかった。深夜は商品の品出しや検品が中心の作業なのだが、渡辺さんは深夜業務に慣れているタカシさんとほとんど同じペースで仕事をこなした。お客さんが来店するとすばやく反応して挨拶をするし、レジに向かう気配を感じとると作業の手を止めてカウンターに入った。

 きっと勘がいいのだなと、そういう感じがした。タカシさんは安心して仕事に取り組めたし、休憩も気兼ねなく入れた。


 午前二時から三時までがタカシさんの休憩時間だった。

 休憩から上がり、渡辺さんに「戻りました」と声をかける。

 と、そのときだった。

 突然、渡辺さんがバッと入り口のほうを向いた。


「いらっしゃいませー」


 渡辺さんが明るい声をあげる。タカシさんはつられて、そちらを向きながら「いらっしゃいませー」と輪唱した。

 が、誰もいない。

 それどころか、自動ドアすら反応しておらず、閉まったままだ。

 店内には誰もいない。


 何を勘違いしたんだろうとタカシさんは思った。きっと渡辺さん自身もそう思っているはずだ。なんだか気まずい。

 ところが渡辺さんは何食わぬ顔で、「じゃあ休憩入りますね」とバックヤードに向かった。間違ってしまった恥ずかしそうなそぶりは一切ない。

 やっぱり変な人だ、タカシさんはそう思った。


 その後、やるべき仕事をすでに終えていたタカシさんは、次の納品が来るまで暇を持て余した。店内をふらふら歩きながら、さきほどの渡辺さんのことを思い返す。

 まさかとは思うが、自分こそ寝ぼけていて、実はお客さんが来店したのを見逃しているなんてことはないだろうか。そしてお客さんは今トイレに入っている。

 いや、さすがにそんなことはないだろう。


 たぶん、店の外のすぐそこに誰かいて、渡辺さんはその人が店内に入ってくるかと思ったのだ。それで、すばやく反応して先取りをしたものの、その人は店に入ってこなかった。とそんなことだろう。

 タカシさんは色々と想像して時間をつぶした。

 レジに戻ってタバコの補充でもしよう。そう思ってカウンターに近づいたとき、バックヤードの扉がガラっと勢いよく開いた。


 おもわずびっくりしていると、渡辺さんがバックヤードから顔を覗かせ「あれっ」と困惑の表情を浮かべた。

 何事かと思い「どうしたんすか」と聞くと、渡辺さんは首を伸ばして店内を見渡しながら、


「今の親子、どこ行きました?」


 と言った。

 沈黙が流れた。


「親子?」


 タカシさんが顔をしかめる。

 だがそれ以上に不思議な顔を浮かべて、渡辺さんは、

「今レジに並んでた親子。いなくなっちゃいましたねえ……」と言うのだった。

 タカシさんはゾッとして、しばらく言葉を失った。


 その後、詳しく話を聞くと、渡辺さんはバックヤードで夜食を口にしながら監視カメラを見ていたという。そして、さきほど来店してきた親子がレジに並んでいるのを見て、タカシさんがそれに気づかないようだから慌てて飛び出した、とのことだった。


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