第10恐怖「不快な警報音」

 

 私は、昔から怖くて不思議な体験をすることが多かった。その中でも特に恐ろしく謎めたい話をひとつ。


 大学に進学したときの話だ。

 私は地元を離れ、はじめての一人暮らしをすることになり、期待で胸を膨らませていた。


 物件は安ければなんでもよかった。部屋にこだわりはなく、何か問題があっても、住んでからどうにでもできると考えていた。


 そこら一帯で、とくに安い部屋を見つけた。なんでだろうと思ってみれば、駅から離れた線路が目の前にある建物だ。

 こりゃいいと思った。田舎だったので、電車は朝夕の一部をのぞいて、一時間に一本しか出ない。そのピーク帯はといえば自分も電車を利用することが多いだろう。私はそこに決めた。


 引っ越してすぐ、やっぱり正解だったと思った。


 電車の音はうるさいし振動も激しいが、たった一瞬のことだ。それに一時間に一回きっかりときてくれるので、一種のアラームになってくれる。つまり、勉強をサボって漫画を読んだりテレビに夢中になったりしているとき、「おい、もう一時間も経ったぞ」と教えてくれるのだ。人によってはわずらわしいだろうが、私にとっては問題なかった。


 ただ、ひとつだけ、どうしても気になることがあった。

 電車ではなく、踏切の音だ。


 それは、通常の踏切ではないらしかった。

 なぜか、警報音が鳴る時と鳴らない時とがあるのだ。


 いつも夕方か夜で、家でくつろいでいるときに聞こえてくる。しかも音が奇妙で、不安定というか、とにかくやかましくて耳障りな音だった。


 私の自宅から駅までの間に、踏切は二つある。タイミング的に作動しているところを見たことはないが、まちがいなく家に近いほうの踏切だろう。が、だとしても、家から百メートル以上は離れているので、かなりの音量であの不快な音が響き渡っていることになる。苦情は出ないのだろうか。


 私はその踏切の横を自転車で通る時、いつも警報器をチラッと見た。古い感じはあるが、故障している様子は見受けられないし、何か特別な注意書きがあるわけでもない。


 これが田舎のずぼらさなのだろう──私はそう結論づけていた。


 そんなあるときのこと。


 最寄り駅から自転車で帰宅している最中だった。遠くからあの踏切の警報音が聞こえてきた。外に出ているときに初めて聞いた。

 私は気になって、自転車を漕ぐ速度を上げた。


 だんだん音が大きくなっていく。もうすぐだ。


 踏切が見えるところまで来て、私は目を疑った。


 ここじゃない。踏切の警報機は沈黙しており、遮断機は上がったままだ。音は、もう少し家に近いところで鳴っているらしい。そのあたりに、踏切などないはずなのに。


 頭が混乱した。自転車の速度をゆるめて線路沿いを進む。警報器はまだやかましく鳴り響いている。


 と、私が進む道の先に、一人の女の子の姿が見えた。


 小学生くらいだろうか、夕焼け空を見上げて突っ立っていた。

 音はその子の近くから聞こえた。もしかして、何かから音を大音量で流しているのだろうか。


 すれ違いざま、ちらりと女の子の顔を見た。

 心臓が縮み上がった。


 警報音は、女の子の口から発せられているのだ。


 しかも、その顔は黒く煤けており、明らかに生者のものではなく、ハエのような羽虫がたかっていた。


 通り過ぎてすぐ、音が止んだ。少し待ってから、たまらず振り向く。すると、女の子は空を仰ぐのをやめ、私のほうに顔を向けていた。私はペダルを漕ぐ足に力をめいっぱい込めて、全速力で家に帰った。


 部屋に戻っても落ち着けなかった。

 あれは一体なんなんだ。


 これまで耳にした警報音はあの女の子から発せられるもので、本物の踏切のものではない。だからたまにしか聞こえてこないし、音質もおかしい。それはわかった。


 だが、なんのために、なぜそのようなことをしているのだろう。

 考えてもわかるわけがなかった。あれは、何もかもが異常だ。


 私にできることは、すぐに引っ越すことだと思った。このままここにいてはいけない。直感がそう告げている。


 さっそく引っ越しの準備をしようと思ったそのとき、突如、けたたましい音が鳴り響いた。


 カーン、カーン、カーン、カーン──


 すさまじい悪寒が突き抜けた。音は玄関のすぐ向こうからする。

 女の子が、追いかけてきたのだ。


 私はパニックになった。どうしていいかわからず、動くことができない。こんなにやかましい音がアパート中に響き渡れば、住民が駆けつけてくるはず。だが、そもそも、この音はみんなにも聞こえているのだろうか。もし、私にしか聞こえず、私にしか見えなかったら。そう思うと余計にゾッとした。


 と、ぴたりと音が止まった。


 打って変わって静寂がおとずれる。むしろ耳が痛いほどの静けさだ。

 それでも私は動けなかった。いや、それでいいのだ。じっと息をひそめるのが一番。玄関の前に行って覗き穴を確認するなど、そんなことをしてはいけない。それは愚行でしかない。


 私が部屋の中で身じろぎひとつせずにいると、背後から、カタカタッと窓の揺れる音がした。

 不意のことで、私はつい振り返ってしまった。


 窓には、女の子がべたりと張り付いていた。そして、


 カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン。


 私はそこで気を失い、目を覚ましたときには夜中だった。

 すぐに友人に連絡し、わがままを言って泊めてもらった。


 後日、すぐに荷物をまとめ、家を出た。

 少々家賃は高いが大学のそばに部屋を借りた。もう二度と、線路や踏切には近寄りたくない。あの女の子の異様な姿と警報音が、いまだに頭から離れない。



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