第39恐怖「やっぱりね」


 東北地方に住むNさんが体験した話。

 Nさんは本屋巡りが趣味だった。市内の本屋はもちろん、遠出をすることもある。

 あるとき、電車で県外の古本屋に赴いた。お目当ての古本があるわけでもなく、ネットでお店の雰囲気を見て興味を持ったのだ。


 思ったとおりの店だった。古くてこぢんまりとしており、埃くさくて、でも何時間でもいられる……。

 Nさんはその店に数時間も滞在してしまった。そのかわり、何冊か購入もした。

 帰る時には黄昏時になっていた。


 電車に乗り込むと、すぐに購入した本を開き、読書に耽る。隣は小柄なお婆さんだったため、窮屈な思いをすることもなく快適だった。

 ところが、いくつかの駅を過ぎた時、突然、変な男が隣の車両からやってきた。

 何やらぶつぶつ呟きながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。時には立ち止まり、どこか虚空を見つめ、うっすら微笑む。


 たまにこういう人いるよなあ……

 Nさんはそんなことを思いながら、その人をチラチラ観察した。

 本に集中したかったが、目の前をうろちょろされると、どうも気になってしまう。

 男は次第に挙動を激しくしていった。さきほどまではゆったり歩いていたのが小走りになったり、突然駆け出したり。鳥のように首をクイっと曲げてみたり、ドアに額をゴンとぶつけてみたり。


 Nさんはだんだん不快になり、観察というよりは横目で睨むようにしてその男の様子を見ていた。

 と、不意に、隣のお婆さんが声をかけてきた。


「迷惑な人もいるもんだねえ」


 Nさんは小さく苦笑いをして、「そうですねえ、静かにしてほしいです」と返した。

 すると、お婆さんはNさんの顔をじっと見つめ、それからニヤリと笑い、こう言うのだった。


「アンタ、やっぱり、見えてるんだねえ」


 なんのことだかわからなかった。聞き間違いだろうか。

 Nさんはきょとんとして、何がですかと聞いたが、お婆さんはそれ以上のことは何も言わない。ただ、指を口に当てて、「しいっ」とジェスチャーをした。


 ふと妙な気配を感じ、Nさんは横目をちらりとやった。

 すると、男が自分のすぐそこに立ちこちらを見下ろしているのがわかった。

 ぎくりとしたが、そちらを振り向くことはできなかった。お婆さんは指を口に当てたまま、どこを見るともなくじっとしている。


 Nさんも固まっていると、やがて男はふらりとその場を離れた。そのまま、隣の車両に移る。

 とそのとき、ちょうど駅に到着した。お婆さんはよっこらせと立ち上がり、どうもねとNさんに声をかけて行ってしまった。


 詳しく話を聞きたかったが、何も言葉が出ず、Nさんはただぽつねんと座席に座っていた。


「やっぱり、見えてるんだねえ」


 その言葉が、Nさんの脳裏にいつまでもこびりついた。


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