第54恐怖「忌み団地/不審な女」
「一時期、不審者がうろついていたことがあるんです」
そう語るのは、幼い頃からカラス団地で暮らしているTさんという女性だ。
彼女が高校生のとき、団地の外から度々やってくるとある女性の存在が問題となったらしい。年齢不詳、浮浪者のような見た目をしており、不審な挙動で団地の人々に声をかけてくるという。
「わたしは、公園で声をかけられました。一時期その人は、毎日のように公園にあらわれたんです」
Tさん曰く、その不審な女性は、「ねぇねぇ」とやけに気軽に声をかけてきて、決まってとある質問を人々に投げかけるらしい。
「あたしの娘と、遊んだことある?」
酒焼けだろうか。非常に聞き取りにくいしわがれ声で、ボソボソとそんなことを聞く。
女性はすぐに団地内で話題となり、特に男子小学生の間では「ゾンビババア」と呼ばれる始末だった。異様に痩せこけており、髪はボサボサ、過度な猫背で、全身うすよごれているからだ。
Tさんは歳の離れた幼い弟と公園のベンチでおしゃべりしているとき、背後からその女性に声をかけられた。
──あたしの娘と遊んだことある?
Tさんは聞かれてすぐ首を振った。周りの人々の視線が集まるのを感じ、すぐにその場から離れようとした。
ところが、弟が女に質問を返した。
「どんな子ですか?」
やめてくれ、とTさんが思ったときには女はそれに答えていた。
女の娘はちょうど弟と同じくらいの歳で、ショートヘアだという。名前は、「ヨリコ」というらしい。
「知ってる!」
と弟が言った。
「遊んだことあるよ!」
その瞬間、女の寝ぼけたようなうつろな顔が、鬼のような恐ろしい形相に変わった。
「お前か!」
女は叫んだ。弟に掴み掛かろうとする。
Tさんは悲鳴をあげ、弟を抱き寄せて女から守った。
女はTさんをバシバシと叩き、何やらわけのわからないことを叫び続けた。
すぐに近くにいた男性数人が駆け寄り、Tさんから女を引き剥がした。Tさんと弟が唖然としているうち、人がどんどん集まってきて女を取り囲んだ。ややあってサイレンが鳴り響き、警察がやってきた。Tさんからは見えないところに女が連れていかれ、Tさんは何があったのかを警察官に説明することとなった。
時間が経って落ち着くと、女が叫んでいた言葉の一連が、像を結んで頭に浮かび上がってきた。
──お前が、お前が娘を隠したのか。
──娘はどこだ。
──返せ。娘を返せ。
おおむねそのようなことを叫んでいた気がする。まったく意味がわからない。
しばらく出来事が頭から離れず、Tさんはかなり思い悩まされたという。
あるとき、ずっと気になっていたことを弟に聞いてみた。
「あの女の人の娘……ヨリコちゃんって子と遊んだことあるって、本当なの?」
すると弟が言った。
「たまに公園にいるよ。あの女の人にそっくりな子」
Tさんは嫌な鳥肌が立った。
猫背で痩せ細った不気味な女の姿が頭に浮かぶ。あの人に似ている子っていうのは……どういう感じなんだろうか。
あれこれ想像を始めると、Tさんはとまらなくなった。ヨリコちゃんは今どこにいるんだろう。
「娘はどこだ。娘を返せ」
……ヨリコちゃんは、あの母親が嫌で家出をしているのかもしれない。それで、ご飯が満足に食べられなくて、痩せ細っているのかも……。
なぜかTさんは、いつも最後には悲惨な想像をしてしまうという。
後説
さて、カラス団地の公園にまつわるこれらの話を並べてみて、その背景にはどんなストーリーが考えられるだろうか。もしかしたら、それぞれが全く異なる背景をもつ、独立した体験談なのかもしれない。
だがどうしても、西村さんの脳内には、一人の少女の存在が浮かび上がってきてしまうという。
「トンネルにあらわれた女の子」
「壁に描かれたよっちゃんの顔」
「不審な女性の娘・ヨリコちゃん」
みなさんはどう考えるだろうか。
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