第27恐怖「洗剤販売機」


 とある居酒屋のスタッフMさんが体験した話。

 Mさんが暮らすのは二十三区外のアパートだ。

 自転車で五分くらいのところに小さなコインランドリーがあり、衣類の量が多いときや、大きな物を洗いたいときはそこを利用する。


 ある夏の日、掛け布団を洗うために、そのランドリーにおとずれた。

 ドアを開けた途端、外よりもムッとした暑苦しさを感じた。湿気が高く、べっとりと肌に付きまとうような嫌な感じ。

 エアコンが動いていないのだろうか。


 辺りを見渡したとき、洗剤販売機の前に立つ女性の姿が目に入った。

 全然気づかなかった。すぐそこにいたのに、自分一人しかいないと思っていた。

 女性はぼうっと突っ立って販売機を見つめていた。シャワーを浴びたあとそのまま来たのだろうか、髪は濡れている。なんだか、薄気味の悪さを感じた。

 まあいいやと、Mさんは大きな洗濯機に掛け布団を放り込んだ。

 そこでハッとした。

 洗濯洗剤を忘れてきてしまった。


 販売機のほうを見る。女性はいまだぼうっと突っ立っていた。声をかけるのは気が引ける。

 一度家に帰って、洗剤を持ってこようか。しかし、この暑い中ふたたび自転車で往復するのはツライものがある。

 Mさんは意を決し、女性に声をかけた。


「あのう、すみません」


 反応がない。


「すみません、ちょっといいですか」


 やはり、まったく反応を示さない。

 諦めて、Mさんは洗剤を取りに戻ることにした。

 建物から出て、乗ってきた自転車の鍵を解除する。サドルに跨り、なんとなしにランドリーのほうを見た。ガラス張りになっているので、中の様子が伺えた。

 が、あの女性が見当たらない。販売機の前には誰もいない。


 あれっと、自転車から降りてランドリーの前に立った。窓から店内を見る。誰もいない。

 嘘だろと思い、ふたたび店内に入った。

 ひんやりと冷房が効いていた。さきほどのジメジメした暑さが嘘だったみたいに。

 そして、間違いなく、店内には自分一人しかいなかった。


 Mさんは呆然としたまま、洗剤販売機に歩み寄った。

 確かに、ここに女性が立っていたはず……声だってかけたのに。

 正面まで来て販売機を見た時、Mさんはあんぐりと口をあけてしまった。

 販売機の全てのボタンに、べっとりと、血の指紋がついていたのだ。


 Mさんはあまりの恐怖で、そこからしばらく動けなかったという。


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