第35恐怖「お線香」


 これは、地方に住む佐藤さんという男性が体験した話だ。


 当時大学生の佐藤さんは、毎週末、一人でショッピングモールの映画館に足を運んだ。友人と観るよりも一人で集中して観るほうが好きだったらしい。

 田舎の地元駅から電車で三十分かけて市街地まで行き、そこからさらにバスで十分。お決まりのコースなので、回数券を利用していた。


 その日、佐藤さんはバスに乗り込むや否や、鼻を刺すような異臭を感じたという。

 嗅ぎ覚えのある臭いだった。

 席に座ってから、線香の臭いに似ているのだと気づいた。

 一体、どうして車内にそのようなものが充満しているのだろうか。

 佐藤さんは座席を見渡し、その発生源を探した。

 一番後ろの席に、和服姿の女性がいた。この人だろうか。

 ショッピングモールに到着すると、乗客のほとんどが降りた。和服の女性は降りてこなかった。


 映画を観終わって、軽く食事を済ませてから、佐藤さんは帰りのバスに乗った。

 臭いのことはすっかり忘れていた。

 が、乗車してすぐ、嫌でもそのことが思い出された。行きのバスと同様に、車内は線香の匂いに満ちていたのだ。どうやら同じ車体らしい。

 もしかして、運転手さんが原因だろうか。


 よく見る運転手さんだったが、もしかしてこの人が、ごく最近お香にハマったのかもしれない。行きのバスに乗っていた和服の女性はもういないし、そのとき臭いが残っているとは考えられない。

 佐藤さんはそう思い、それ以上深く考えなかった。ただ、普段嗅ぐような線香の香りとは少し違って不快に感じ、降りるまでの間、なんだかそわそわした。


 その翌週。

 バスに乗ると、佐藤さんはあからさま顔をしかめることになった。

 あの線香の臭いが、前よりも強いのだ。かなりムッとした空気を感じる。

 運転手さんは平然としていた。というか、車内の人々はみな何食わぬ顔だ。気にならないのだろうか。

 それか、たんに自分が神経質なだけかもしれない。

 そうも考えて座席に座ったが、やはり耐え難かった。線香の香りは嫌いではないはずなのに、なぜかこれは受け付けない。


 佐藤さんはショッピングモールに到着するまでの間、イライラして仕方なかった。

 帰りは、もうバスに乗るのをやめることにして、タクシーを利用した。

 家に着いたら運行元にクレームを入れたほうがいいかもしれない。毎回タクシーというわけにはいかないし、改善してもらわなければ。


 帰宅してしばらく経ち、夜になってから、佐藤さんは問い合わせるためにホームページを開いた。

 そこで、目を疑った。

 最新情報という欄の一番上に、バスが事故を起こした件について記載があった。

 そのページに飛んで詳しく見ると、事故にあったバスは、佐藤さんが乗るはずだった帰りのバスで、数人の死傷者を出したらしい。


 佐藤さんはすっかり青ざめ、どうしても、あの線香の臭いと事故とを結びつけずにはいられなかった、という。

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