第2恐怖「行列」

 一年前に私が体験した話だ。


 しばらくぶりに東京の友人たちと酒を飲み交わし、大いに盛り上がってすっかりできあがった。が、楽しさのあまり時間を忘れ、終電を逃した。


 私はみんなと違って北関東の田舎町に住んでいるため、二十一時の電車に乗らなければいけなかったのだが、こうなったら仕方ない。このまま朝まで……

 と、いきたいところだったが、翌日は仕事だ。


 ほかの手立てで家まで帰ることにした。最寄りまでの終電こそ逃したものの、行けるところまで電車で行って、そこからタクシーで帰ることはできる。

 友人たちと別れ、慣れぬ都会の電車に乗り込んだ。


 二時間と少しでO駅に着いた。本来ならここで乗り換えるのだが、終電はない。私はO駅の改札を出て階段を下り、ロータリーへと出た。


 タクシー乗り場はすぐ近くだった。

 が、その光景を見て、目を疑った。


 タクシー乗り場には行列ができていた。ざっと十数人はいる。


 この田舎の駅で、この時間帯に、そんなバカなことがあるだろうか。おもわず足を止めて眉をひそめた。近くの地域で何かイベントでもあったのかもしれない。みな同じイベントの帰りとか、そんなことだろうか。タクシーはまだ一台も姿がみえないが、この光景には運転手もびっくりだろう。


 私はため息をつき、ロータリーの道路に沿ったその列の一番後ろに並んだ。

 と、並んですぐ、一台のタクシーがやってきた。このまま順調にいけば、案外早く帰れるかもしれないと期待が沸く。


 しかし、タクシーが停車しても、先頭の客は動く様子もなく突っ立ったままだった。ドアが開く様子もない。お互い何をモタモタしているのか。


 苛立たしさが募り、何か声をかけようと思った矢先だった。誰か酔っ払った様子の女性がひとり駅から歩いてきて、タクシーに近づいていった。


 まさかとは思ったが、女性は列を無視してタクシーの手前まできた。すると、ドアが開いた。

 おもわず面食らった。


「ちょっと、並んでるんですけど!」


 私が声をあげると、女性はタクシーに乗り込みながらこちらを振り返った。目が合った。が、女性はいぶかしむように眉根を寄せると、自分でドアを閉めた。車はあっさりと発進してしまう。


 ……なんだというのだ。女も女だが、タクシーの運転手は一体どういうつもりだ。それともあのタクシーはあの女が呼んだものなのか。表示板をちゃんと見ておくべきだった。


 いや待て、と私はあらためて前方に並ぶ人々を観察した。


 もしかしたらこの列は、タクシーとはまた別のものなのかもしれない。バス……ではないだろうし、何のものかはわからないが。


 そうして人々を見てみれば、どうも様子がおかしいことに気づいた。

 みんな一様にぼんやりと俯いているし、異常なほど、じっと動かない。


 やはり変だ……


 ぞくりと嫌な感じがして、列から出ようと足を踏み出した。

 そのときだった。


 突如、背後から腕を強く掴まれた。驚いて振り返る。


 ぎゃっ、と声をあげてしまった。


 私の腕を掴んでいたのは、まったく生気の感じられぬ男だった。振り返った私の顔をのぞきこむそれは、異様に目が落ち窪んでいた。そして、そのような連中の並ぶ列が、いつの間にか背後にもできあがっていたのだった。


 私はとっさに腕を振り払った。男の爪が食い込むのを感じたが、どうにか振り解き、全速力で駆け出した。


 私はロータリーから離れると、知り合いの働くバーへ駆け込み、朝までやり過ごした。服の袖をめくると、腕には血が滲んでいた。


 あれは何の行列だったのか。

 あのまま並んでいたら、私はどうなっていたのか。

 なにもかも、謎のままだ。


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