少女たち、大人たち(2)

 神代鷹次。

 彼は高校生のときに、神代家の秘密を教えられた。自分の家がこれまでに多くの女性たちを犠牲にしてきたこと──そして妹のリアも、いつかはその犠牲のひとりとなってしまうことを聞かされて、鷹次さんは荒れた。生まれながらに自分が背負っている罪、これから背負うことになるだろう罪が、恐ろしかった。

 とはいえ、本当の意味で神代家の罪を背負わなくちゃいけないのは、兄である鴻介さんだった。そして当の鴻介さんは、鷹次さんと違って、そんな自分の役目をしっかりと受け入れているように見えた。

 自分が生まれついた神代家の罪。

 嫌な役目を、兄ひとりに背負わせる罪。

 鷹次さんは、二重の罪悪感からずっと逃げていた。あまり家に寄りつかなかったし、父親の世話も他人に任せていた。そんな自分の半端さが、よけいに鷹次さんの罪悪感を膨らませた。


 ぼくが、あの座敷牢に運びこまれてきたとき。

 協力してくれという鴻介さんの頼みを、鷹次さんは断れなかった。鴻介さんに対して負い目があったからだ。

 だけど──リアがぼくのことを想って、泣いている姿を見て──彼ははじめて、本気で神代家に逆らうことにした。リアが会話にまぎれこませて父さんに伝えた、精いっぱいのメッセージをむだにしないため、連絡役を買って出たんだ。


 そして、神代リア。

 もうわかっていたことだけど、リアも神代家の男たちにだまされていた。父親も、兄たちも、オノゴロ童子の真実を伝えることなく、リアを花嫁にしようとしていた(さらに言うと、あの「暗室」の件もあるんだけど……ぼくはそれをリアに伝える気にはなれなかった。たぶん、この先も気が変わることはないだろう)。

 実際、ぼくがいなければ、リアは逃げだそうとまではしなかったはずだ。


 リアはあの脱走未遂の夜からずっと、鴻介さんの監視のもと、自分の部屋に軟禁されていた。

 スマホは没収され、外出も禁止された。何度もぼくに会わせてくれと言ったけど、一度もかなえてはもらえなかった。鴻介さんには、リアがぼくを逃がそうとすることがわかっていたんだ。


 監視のほかにもうひとつ、鴻介さんはリアに鎖をかけていた。

 それが、あの地下室を一瞬で埋めてしまう爆弾・・の存在だ。

 もともとは、いざというときの証拠隠滅のために、何代か前の神代家当主が設置したものらしい。座敷牢を支える柱を破壊することにより、地下室はあっという間に土砂で埋まってしまう。リアたちのお父さんが遠隔起爆できるように改良し、さらに鴻介さんが、スマホから起爆スイッチを操作可能にした。

 ……こうして聞くと冗談みたいな話だけど、実際にそのせいで死にかけたぼくとしては、あまり笑ってもいられない。


 鴻介さんはリアに言った。

 もし、ぼくのことを外部に漏らそうとしたら、すぐに爆弾を起爆すると。

 どうせ、オノゴロ童子は爆弾くらいで傷つけることなどできない。そして新しい花嫁にはリアがいる。ぼくを殺しても、神代家としてはそこまで困りはしないというわけだ。

 だからリアは、父さんにウソをつくしかなかった。鴻介さんに気づかれず連絡を取りあい、本当のことを伝えるために、わかりにくいヒントを介した賭けに出るしかなかった。


 結果から言えば、リアはみごとに、その賭けに勝ったわけだ。


 とはいえ、父さんと連絡がついたからといってすぐに状況が好転したわけじゃなかった。

 鴻介さんが爆弾のスイッチをにぎっている以上、うかつに助けを呼ぶことはできない。何日も、じりじりしながらチャンスを待つ日が続いた。

 ぼくが例のトンネルを使って脱走したのは、そんなさなかのことだった。


 今にして思えば、やっぱりあれはチャンスだったんだ。だけど、さすがに鴻介さんが一枚上手だった。彼は鷹次さんにもリアにも、ぼくが脱走したことを知らせず、ほぼ自分だけでぼくを連れもどしてしまった。たぶんあの人は、本質的に自分以外は信用してなかったんだろう。

 リアたちと連絡を取り合っていた父さんはやきもきした。それで、つい我慢できず、ようすを見に神代家の裏の林へやって来てしまった。

 そしてそこで、縫と峰子のふたりに出会ったんだ。


 あの日、黒谷植木店でぼくの悲鳴を聞いた縫たちは、黒谷幸児さんに追い払われたあとも疑いを捨てなかった。そして、植木店のまわりをあちこち調べた結果、足跡を発見したんだ。ぼくが残した──はだしの足跡を。

 明らかに不審なそれを、ふたりはたどった。

 そして偶然、父さんと出会い、神代家にぼくが囚われていることを知った。そのとき、ふたりはすでに、神代家が黒幕だということをはっきりと確信していたそうだ。


 なぜなら、その前日。

 縫と峰子はついに、洲本鍔芽に連絡を取ることに成功していたからだ。

 洲本鍔芽という人は、鴻介さんのねらいについて、多くを聞かされているわけではなかった。それでも自分の婚約者が、異常なオカルトにのめりこんでいることには気づいていたようだ。


 ここからの話には、少しぼくたちの推測が混じる。

 迷子小鬼メイズゥシャオグイは、戦前の台湾と戦後の広島で、未来を予言して幸運をもたらす人形として評判になったことがある。どうやら鴻介さんは、西林詩歌の奇妙な症状に興味を持って調べるうちに、そうした過去の出来事の資料に行きついたらしい。

 そして考えた。

 扱いづらく、常に花嫁を調達するというリスクが伴うオノゴロ童子。

 これまでは闇にまぎれてけしかけ、邪魔者を殺させることでライバルを排除し、恐怖で共同体を支配することができた。だけど、地域そのものの過疎化が進んだ今では、そんな力はたいして役に立ちはしない。

 それにひきかえ、未来を教えてくれる迷子小鬼メイズゥシャオグイの力は魅力的だ。管理にかかるコストも、オノゴロ童子を維持する手間を考えれば大したものじゃない。

 鴻介さんは、オノゴロ童子に代わって迷子小鬼メイズゥシャオグイを、神代家の守り神にしようと考えた。そのために西林詩歌のところに何度も通い、彼女から、メイズさんをよみがえらせる核になる、「式盤」の制作方法を引きだしていった。

 鴻介さんには勝算があった。

 ただ式盤を作るだけでは、迷子小鬼メイズゥシャオグイを制御できないかもしれない。だけど神代家には、長きにわたってオノゴロ童子を封じてきた、封印の箱の技術がある。これと式盤を組みあわせることで、すべてを思うがままにできるはず。


 でも、鴻介さんよりもメイズさんのほうがはるかに上手だった。

 メイズさんは式盤とそれを封じる箱が完成する前に、西林詩歌を殺した。

 あいつにとって、それは時間稼ぎだった。メイズさんは待っていたんだ。まだ完全には自由にならない、自分の魂の緒を、オノゴロ童子の持つ渾沌の力のもとまで届けてくれる人間を。バイロケーション現象を引き起こし、魂の領域を歩き回る能力を持つ女を。


 つまり、志筑ひばり──ぼくのことを、だ。


 メイズさんはきっと、最初からわかっていた。ぼくがいずれ、あの座敷牢に囚われることが。だから先回りして、ぼくのことを待っていた。いや、もしかしたら……ぼくがリアと出会ったのだって、あいつが陰で糸を引いていたのかもしれない。

 縫や峰子が言うには、そうやって人の運命をあやつり、自分の駒として使うことこそが、メイズさんのいつものやり口なんだそうだ。


 父さんと鷹次さん、縫と峰子、そしてリア。

 奇妙な縁で集まった五人は、密かに、ぼくを救出する算段を立てていた。

 その矢先のことだった。なんの前触れもなく、地下の爆弾が爆発したのは。

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