オノゴロさまの家(1)

 時枝ときえおばあちゃんは、わざわざお寿司をとって歓迎してくれた。

 もしかしたら、父さんと母さんのことについて、あれこれ訊かれるかなと思ってたけど……びっくりするくらい、なにも言ってこない。

 正直、その気遣いはありがたかった。父さんにも、息子として見習ってほしいくらいに。


 ただそうなると、話題はどうしても、昼間に会った神代家兄妹きょうだいのことになるわけで。

 リアに招待されたことを話すと、おばあちゃんは納得したようにうなずいた。


「壇ノ市の子は、あそこのお嬢さんとは遊ばないからねえ。ひばりちゃんみたいな、他所から来た子に会えてうれしかったのかもしれないわねえ」


 鴻介さんと同じことを言っている……ようで、ニュアンスが微妙に違う。

 遊ぶ相手がいない、じゃなくて、遊ばない・・・・


「それって、リアの家が……化物屋敷、だから?」


 ぼくがそう言うと、おばあちゃんは目をむいた。


「誰に聞いたの、そんなこと」

「リアが、自分で」

「ああ……」


 眉間に、深いシワが寄る。


「あそこのおうちは大きいし、しかも、古い日本家屋でしょう。やっかみ半分で、そういうことを言う人もいるのよ」

「なるほど」

「それと……神代さんは、ちょっと変わった神さまを信じてらっしゃるから」

「神さま? って?」

「おばあちゃんもねえ、よくは知らないんだけどね」


 おばあちゃんはそう言って、ほんの少し、なにかをはばかるように声を落とした。


座敷童子ざしきわらしさまだって、聞いたことがあるよ」


***


 翌日。

 他にやることもないので、ぼくはさっそく、リアに連絡をとってみた。

 向こうも冬休み中はずっとヒマしているというので、午後から訪問させてもらうことにする。

 迎えの車を出してくれるというのを断り、徒歩でおばあちゃん宅を出た。


 小学生のころに来たときの記憶と、マップアプリを頼りに、街の中を進んでゆく。

 壇ノ市の住民のほとんどは、おばあちゃん家の周辺の新市街(ぼくの目には充分古く見えるけど)に集中している。

 新市街を少し外れると、あるのはだだっ広い畑と田んぼと雑木林ばかりだ。大きめの車道にそって進んでゆくうちに、連なった大小の山が見えてくる。ほとんどの樹が葉っぱを落として、茶色い山肌が見えていた。

 だんだん上り坂になる道を、息を切らせながらのぼっていくと、ふっと視界が開けた。

 初鳥ういとり集落だ。


 なんだか、昭和のまま時間が止まったような場所だった。

 高低差のある土地に、へばりつくようにして家が建っている。山の中の集落、という表現がピッタリくる眺め。

 集落内へ分け入っていくと、ほとんどの家が無人らしいことがわかった。さびた雨戸がおろしっぱなしになっていたり、もっとわかりやすく、トタン屋根が崩れ落ちた廃屋だったりする。

 そんな集落の一番奥、ひときわ小高い土地にそびえているのが、神代家の屋敷だった。


 第一印象は、家というか「お寺」だった。

 背の低い石垣と植えこみにぐるっと囲まれた敷地の中に、平屋の瓦屋根が見えている。

 垣根の切れ目から中をのぞくと、砂利敷きの広いスペースになっていた。正面にガレージと、よくあるスチール製の物置がある。

 特に門などはなかったので、ぼくはおっかなびっくり砂利を踏み、敷地にはいりこんだ。

 屋敷そのものは、敷地のいちばん奥まったところにあった。裏にはすぐ森が迫っている。

 いかにも古くて立派な日本家屋、という雰囲気の割に、玄関まわりは意外と新しい。コンクリートのスロープと手すりがあって、バリアフリー仕様になっていた。もしかして、リアのために改装したのかな。

 引き戸の前に立ってインターホンを探していると、


「おい」


 いきなり、後ろから声をかけられた。

 びっくりして振りむくと、目つきのするどい、二十代くらいの男が立っていた。茶髪でツーブロック。真っ赤なダウンのジャンパーを着て、耳にはピアスが光っている。


「誰だお前。何しに来た」


 男はポケットに両手を突っこんだまま、ぼくのことをねめつけた。

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