オノゴロさまの家(2)

「あ、えっと、ぼく……」

「あァ?」

「ここの家の、リアさんに招待されて」

「リアに?」


 ツーブロックの男はうさんくさそうに、ぼくの姿を頭から足元までじろじろ見まわすと、チッと舌を鳴らした。


「なんだ。女か」


 なんだとはなんだ。女で悪いか。

 そりゃ、確かに髪も短いし、だぼっとしたパーカーやカーゴパンツばっかり着てるから、「どっち?」みたいな反応されることも多いけどさ。


 ぼくの内心の憤慨を知ってか知らずか、ツーブロック野郎はガラガラと入口の引き戸を開け、奥へ向けて怒鳴った。


「リア! 客だ」


 玄関の中には靴脱ぎとスロープ。その先に、黒っぽい板張りの廊下が伸びている。

 しばらくすると、廊下の奥からタイヤを転がすごろごろという音が聞こえてきた。

 リアだ。昨日のものよりひとまわり小さい車椅子に乗っている。タイヤの横に別の輪っか(ハンドリム)がついていて、手動で動かすタイプだった。

 リアはやけにせっぱつまった顔をして、白いほっぺたが赤く染まっていた。そのまま、けっこうな勢いで廊下を驀進ばくしんしてくると、スロープの手前でギッと止まる。


「もう、よう兄さん! ひばりが来たら案内しといてって、言ったじゃない!」

「知るか。お前の客なら、お前で相手しろや」

「言われなくてもそうしますゥ~」


 んべえっ、とリアが舌をつきだしてみせる。

 鷹兄さん、と呼ばれたツーブロック野郎は面倒そうに鼻を鳴らすと、小指で耳くそをほじりながらどこかへ歩いていった。

 ぽかんとしていると、しゅんと小さくなったリアに声をかけられる。


「ごめんね、ひばり。とにかくあがって?」

「あ、うん。……おじゃましまーす」


 玄関で靴を来客用スリッパにはきかえ、先導するリアについて廊下を進む。

 廊下は、しんと冷えきっていた。

 何気なく壁に手を伸ばすと、ざらざらした土壁の感触がする。その手ざわりに、なぜか一瞬、デジャヴのような感覚に襲われた。


「……ホント、さっきはごめんね。びっくりしたでしょ」


 ゆっくりとハンドリムを操りながら、リアが言う。


「あの人も、お兄さん?」

「うん。鷹次ようじ兄さん。鴻兄さんの下。うち、三人兄妹だから。……今日は私の友達が来るからねって、ちゃんと言っといたんだけどなあ」

「なんか、ぼくのこと男と間違えたみたい」

「あ! 確かに、女の子としか伝えてなかったかも。あの人、普段は神戸のほうの大学通ってるんだけどね。今は冬休みで帰省してるの。家の中うろうろうろうろして、普通にジャマ」


 言葉は辛辣だったけど、別に本気で兄のことを嫌ってるわけじゃないのは、声の調子でなんとなくわかった。


「三人兄妹ってにぎやかそうだね。ぼく、ひとりっ子だから、なんか想像できないや」

「どうだろ……うちも、ふつうの兄妹とはだいぶ違うしなあ。鴻兄さんは長男で跡取りだし、もともと優秀だったから、責任とか周囲の期待とか、いろいろ背負いながら育ったんだよね。でも鷹兄さんと私はそういうのなくて、お金とヒマばっかり持て余してたから。ふたりともグレちゃった」

「リアもグレてるの?」


 思わず笑ってしまう。

 ゲーセン通いのことを言ってるんだとしたら、ずいぶんかわいいグレかただ。


「まあね。鷹兄さんとは、ちょっと方向性が違うけど。あ、ここ、私の部屋ね」


 リアが車椅子を止めたのは、病院みたいな引き戸の前だった。低い位置に、手すりのバーがついている。

 どうやらここも、車椅子のリアが開閉しやすいようにリフォームされてるみたいだった。


「うちのリビング、ムダに広くて暖房の効きが悪いから、こっちのほうがいいかなって思って」

「お気遣いどうも」


 中は洋間だった。

 えんじ色の絨毯に、古色のついた洋服だんすとベッド。空間が広めにとってあるので、ちょっとがらんとした印象を受ける。

 そんな部屋の一角で、無骨なメタルラックが一台、異様な存在感を放っていた。

 一番下の段にはごちゃごちゃと雑誌が詰めこまれていて――その上の三段には、なんと一段にひとつずつ、ライフル銃・・・・・が飾られている。

 ぼくの視線を追ったリアが、んふぅふ、と自慢げに鼻を鳴らした。


「L96A1、ドラグノフ、レミントンM700」

「……それ、銃の名前?」

「そ。モデルガンだけど」

「そりゃそうだ」


 実銃ホンモノだったら大問題だよ。


「銃、好きなんだ」

「唯一の趣味かなあ。スポーツ射撃って、聞いたことある?」

「あるかも。オリンピックの中継とかで……」

「そうそう。その身障者版に、パラ射撃っていうのがあってね。私がやってるのはそれ。これでも、空気銃エアライフルの年少資格持ってるんだよ。月に一、二回くらいだけど、射撃場でコーチングしてもらったり」

「へえ。すごい」


 そりゃあ狙撃のゲームも上手いわけだ。


空気銃エアライフルって……お祭りの射的で使うようなやつとは違うんだよね」

「あんなの、比べものにならないよ。普通に動物殺せるもん。私は野外じゃ撃てないけどね。狩猟免許ないから」


 リアは心底残念そうに言った。

 ……免許さえあれば撃ちたいなあ、って聞こえるんだけど?


「狩猟といえば、この家、実銃もあるんだよ。お父さまが鹿撃ちに使ってたハーフライフル」

「鹿? 鹿なんているの?」

「昔はいたみたい。私は見たことないけど。どのみちお父さま自身、何年も前から寝たきりになっちゃってるから、ハンティングなんてできないけどね。……あれ、狩猟免許返納しなくていいのかなあ。今はもう、普通に銃刀法違反かも」

「えっ……それ、ぼくが聞いていい話?」

「んふぅふ。大丈夫。うち、邪悪な田舎の金持ちだから。警察も、ちょっとくらいならお目こぼししてくれるし」

「……やっぱり聞かなかったことにする。っていうかさ」

「なに?」

「まさかとは思うけど、リア、そっちの銃までいじくりまわしたりしてないよね?」


 そう言うと、リアの目がすっと横に泳いだ。


「……撃っては・・・・いないよ?」

「おいおい」


 前言撤回。このお嬢さま、だいぶよくないグレかたしてるぞ。

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