渾沌殺し(3)

 最終的な作戦はこうだ。

 リアの乗った車椅子を、鴻介さんのワゴン後部に固定。後部のガラスを緊急脱出用のハンマーで粉砕して、そこから狙い撃てるようにする。

 銃撃を受けたオノゴロ童子は、たぶんこっちへ襲いかかってくるだろう。なので車を発進させ、逃げながら銃撃を続ける。

 初鳥ういとり集落からさらに山をのぼると、長距離トラックが使う峠道があるらしい。そこならば、かなりの逃走距離をかせげるはずだ。

 そして残ったメンバーは、ワゴンがオノゴロ童子を引きつけている間にふもとへむかい、助けを呼ぶ。老人たちの持っている自家用車と、鷹次さんのスポーツカーを合わせれば、ぎりぎり全員が脱出できるはずだ。


 次はメンバーの振りわけだけど、これは少しばかりもめた。

 ワゴン側のメンバーとして、リアは外せない。当然、ぼくもいっしょだ。どのみちリアのサポートをする人員は絶対に必要になる。

 峰子は、作戦の半分は自分の考えだからと言って、ワゴンの席をゆずらなかった。縫も、メイズさんが倒されるのを見届けるまで、ここを離れるつもりはないようだった。

 驚いたのは、父さんがワゴンの運転手に立候補したことだった。

 これには鷹次さんが反対した。最初は、彼がワゴンを運転するつもりだったからだ。


「やめとけよオッサン。第一あんた、道知らねェだろ」

「知ってるさ……俺は地元の出だ。ここいらの峠道なら、大学のころ、毎晩のように攻めに来てたよ」

「峠攻めだァ? そんなもん……ン? ちょっと待てよ……志筑? 峠で、志筑っつったら……ああッ! あ、あんた、まさか……紫電の月ライトニングムーンの志筑かッ!」


 なんて?


「らいとにんぐむうんん?」

「オレの通ってた高校に語り継がれてる、伝説の走り屋だ……! まさか、実物に出会えるとはな……おい、あんたの記録、まだ破られてねェぜ!」

「走り屋ってなに」

「いや、その。き、九十年代ごろにちょっと流行ったんだ。漫画の影響でな。自動車乗りが峠道に集まって、危険運転ギリギリのレースをするっていう……」

「暴速族かぁ……」

「ぞ、ゾクとは違うぞ! 俺たちは純粋にスピードを追いもとめてただけで、群れてイキりってるだけの連中とは……」


 ぼくは……引いた。父親の「若いころヤンチャしてた」エピソード、分類するならかなり聞きたくない話の部類に入る。


「実際、俺だって反省してるんだよ。おふくろにも迷惑かけたしな。ちなみにそのとき、『いつまでこんなバカなこと続けるの』って俺をひっぱたいて更生させてくれたのが、美鷺との……」

「あーあーあー聞きたくない! きーきーたーくーなーいー!」


 よりによって、こんな形で両親のなれそめを聞かされるなんて……。

 これって、今まで一度も興味を持たなかったことへの罰か。罰なのか。


 ともかく、そんなわけで、鷹次さんは脱出チームのほうのリーダーを務めることになった。結果的にだけど、これは適任だった。ぶつぶつと文句ばかり言って、なかなか動こうとしなかった老人たちが、コワモテの鷹次さんに怒鳴られると急にテキパキ動きはじめたからだ。父さんだったら、こうはいかない。


 それぞれの車に分乗する直前、鷹次さんと少しだけ話す時間があった。


「……悪かったな。助けてやれなくて」


 いきなり頭を下げられたので、ちょっと面食らう。


「いや……いいよ。助けようとはしてくれたんでしょ。ぼくのほうこそ……」

「それこそ要らねェ気遣いだよ。オヤジやアニキたちのことは気にすんな。お前のせいじゃねェ。自業自得だよ。お前は、生きて帰ることだけ考えてろ。それと……」

「うん?」

「妹を頼む」

「……わかった」


 準備が完了した時点で、日はかなりかたむきはじめていた。もう、ぐずぐずしている時間はない。

 オノゴロ童子は、集落のはずれにぽつんと立ちつくしたきり、かれこれ一時間も動かない。あいつの中でなにが起きているかはわからないけど、いい兆候とは思えなかった。


 決行だ。

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