日輪に吼ゆ(2)

 廃屋だらけの初鳥ういとり集落が見わたせる。かなり溶けはじめていたけれど、日陰などにはまだ雪が残っていた。

 今いる場所から比較的近いところに、真っ赤にサビたトタン板の廃屋があって、そこでなにかが起きていた。解体工事みたいなものすごい音がして、もうもうと土煙があがっている。

 廃屋がかたむいて、積み木のお城みたいに倒壊した。土煙の中から黒く巨大ななにかが現れ、コンクリートブロックの塀を踏みたおす。


 そいつは立ちあがると、二階建ての家に迫るくらいの大きさがあった。まるで恐竜だ。

 昆虫のようなカニのような、硬そうなカラと爪をそなえた、三本の足。

 無数のヒダにおおわれた黒い皮膚ひふ。陽の光の当たったところから、しきりに湯気みたいなものを吹いている。表面は、あまりにも黒すぎるせいで立体感がなく、まるで黒い紙を切りぬいて貼りつけたか、そこだけ空間に穴を開けたように見えた。

 コブのようにふくらんだ……頭? 胴体? とにかくその部分には、真っ赤な円が、目玉のように光っている。その下でぼんやりと赤紫色の光を帯びているのは、子供の手足のように見える模様・・・・・・・・だ。

 頭のてっぺんから伸びた触手が、ひゅん、ひゅん、と空を切る。


 オノゴロ童子。

 渾沌の落とし子。


 闇の中に浮かぶ、のっぺらぼうの子供……という、ぼくの印象は完全に間違っていた。子供の姿なんて、体の表面にへばりついているだけの上っ面だ。深海魚が自分の体の光で獲物をおびきよせるように、人間をだまして奉仕させるための擬態だった。

 闇こそが、あいつの本体。

 ぼくが思っていたより、百倍みにくい化け物だ。


 OOOOAAAABBBBSSSS!


 そいつは太陽にむかって、音程の狂いきった音で吼えた。

 昨日まではどうにかまとまりを得て、人間の言葉みたいに聞こえていたいくつもの音が、今はばらばらに崩壊していた。


「あなたのいる地下室がくずれたあと、あれが地下から出てきたの。かれこれ……二、三時間くらいかな。あんなふうに集落をうろつき回っては、思い出したようにそこらのものを破壊してる。イカれてるわ」


 そんなふうに話しかけてきたのは、ふたり組の丸眼鏡のほうだった。


「もし、知ってるなら教えてくれないかしら。あれは……なに?」

「……あれは……オノゴロ童子。メイズさんが体の中に入りこんだせいで、苦しんで暴れてるんだ」

「メイズさん!」

「やっぱり……そういうことだったのね」


 ふたりは顔を見合わせる。なんだか勝手に納得してるみたいだけど、ぼくにはさっぱりわからないままだ。


「なにが『そういうこと』なのか知らないけど……ぼくにもわかるように説明してくれないかな。っていうか、そもそもきみたち、誰」

「ん? 言ってなかったっけ。あたしは須賀すがぬい。こっちの陰険メガネは、たき峰子みねこ

「バカ。名前だけ聞かされてもよけい困るでしょうが。……下へ行きましょ。ちょっと長い話になるけど、最初から全部話すわ。その代わり、あなたがあの屋敷で体験したことも聞かせてほしいの。私たちにはまだ、情報が足りない」


 窓のむこうでは、酔っぱらいみたいな千鳥足で歩くオノゴロ童子が、ゆっくりと遠ざかっていくところだった。



 ポニーテールと丸眼鏡……もとい、縫と峰子|(呼び捨てでいいというので、そうすることにした。ふたりとも、ぼくと同じ中学二年生だそうだ)の案内で、ぼくはリビングに移動した。

 驚いたのは、思ったよりも多くの人がいたことだ。十人近くのお年寄りが、沈痛な顔で応接テーブルを囲んでいる。彼らはぼくの顔を見ると、声をひそめてひそひそとささやきあい、すぐに黙った。微妙に感じ悪い。

 それ以外でリビングに顔をそろえたのは、六人。


 ぼく──志筑ひばり。

 父さん──志筑駈。

 神代リア。

 神代鷹次。

 須賀縫。

 瀧峰子。


 そこでぼくは、彼ら彼女らから聞かされることになった。

 ぼくが監禁されていた約一週間の間に、外の世界でなにが起きていたのかを。

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