日輪に吼ゆ(1)

 次に目を覚ましたのも、畳に敷かれた布団の上だった。

 一瞬、あの座敷牢に戻されたのかと思ったけど、明るさが全然違う。大きなアルミサッシの掃き出し窓から、太陽の光がさんさんと降りそそいでいる。

 仏間らしいけど、知らない家だ。

 半身を起こすと、体中がぎしぎし痛んだ。

 ぼたっと音がしたので振りむくと、父さんが、呆然とした顔で立っていた。足元にスマホが落ちている。


「ひばり……」


 父さんはばたばた駆けよってくると、ぼくの顔をのぞきこんだ。


「だ、大丈夫か。ケガは。どこか、痛いところないか?」

「あ、う、うん。まあ痛いけど……そんなにひどくは」

「そうか。そうかぁ。よかった……よかったなあ……」


 父さんはそう言ってしゃがみこむと、布団の端をつかんでおいおい泣きだした。

 いや、「よかったなあ」はいいんだけど……なんでいるの?


「あ。起きたんだ。よかったー」


 と、仏間の襖を開けて顔を出した人物を見て、ぼくはますます混乱した。

 それはあの、ポニーテールと丸眼鏡の女の子ふたり組だったからだ。

 ポニーテールはずかずか仏壇の前を横切って、ぼくの布団のそばまで来ると、まっすぐにぼくを見下ろした。やけに迫力がある。背が高いせいもあるけど、それ以上に、目が真剣だった。


「志筑……ひばりちゃん、だったっけ。いきなりで悪いんだけど、ちょっと聞かせてくれないかな。もしかして……メイズさんに、会った?」

「え。メイズさんを……知って……?」

「やっぱり! 知ってるんだね!? それってどんな……イデデデデ」


 ポニーテールが悶絶した。後ろから追いついてきた丸眼鏡のほうが、ポニーテールのポニーテール(ややこしいなこの表現)を引っぱったからだ。


「コラ。死にかけたばっかの女の子問いつめてんじゃないわよこのバカ。ほんっと常識ないわね。あんた穴居人けっきょじん!?」

「は~な~せ~って、もう! あたしだって、やりたくてやってるわけじゃないってば! けど今は、外にいるあいつをなんとかしないとじゃん!」


 ……外にいる、あいつ?

 そのとき、家の外から、壊れた管楽器をいっせいに吹きならしたような、とんでもない不協和音が聞こえてきた。あまりの音圧に、ガラスがびりびりと震える。


「やばっ。戻ってきた!」


 ポニーテールは畳を蹴ってUターンすると、部屋の外に飛びだしていった。なにかとばたばた・・・・しているけど、動作そのものは機敏だ。丸眼鏡も、相棒の背を追って駆けていく。

 なんだか胸騒ぎがして、ぼくはふたりを追いかけようとした。布団をはねのけて立ちあがると、ぐらぐら目まいがする。それでも壁に手をついて、襖へと走った。そこでようやく、パジャマっぽい服に着替えさせれていることに気づく。妙にかわいいデザイン。もしかして、リアの服だったりするのかな。

 後ろから父さんが、「おい、ひばり……」と、ひかえめに追いかけてくる。


 仏間の外は廊下だった。どこかの民家らしい。神代家の屋敷にくらべると小ぢんまりして、普通な感じがする。廊下の突きあたりには階段があり、さっきのふたりがドタドタ駆けあがっていく音が聞こえた。

 階段の反対側にあたる廊下の角には──電動車椅子に乗ったリアがいた。すぐ横には鷹次さんがいて、目を丸くしている。


 リアと目が合う。


 リアはくしゃっと顔をゆがめたかと思うと、すぐにそっぽを向いてしまった。唯一こっちを向いた耳が、氷水につけたみたいに赤い。

 言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。でも……。


 また、あの不協和音がする。さっきより近い。

 ぼくは音の正体を確かめるため、階段をのぼった。父さんは階段の下でおろおろしている。

 二階にのぼってすぐのところにある、部屋のドアが開けはなたれていて、ポニーテールと丸眼鏡のふたりが、窓にはりつくようにして外を見ていた。ぼくは、もつれる足をどうにか動かして、ふたりの横にならんだ。

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