渾沌殺し(1)
「神話や伝説っていうよりは、一種の
「なにそれ。変な話」
縫のしらけた反応に、峰子が口をとがらせる。
「だから寓話だってば。渾沌って要するに、ルールの通じない、わけのわからない状態ってことでしょ。反対に、目鼻をつける──顔を与えるっていうのは、人間に理解しやすいよう、人間のルールにあてはめるって意味よ。秩序の枠の中に押しこめられた時点で、渾沌は渾沌でなくなる。つまり……死ぬ。渾沌であるオノゴロ童子を殺せば、メイズさんも渾沌から新しい体を作ることはできなくなるはずよ」
「はず、って……なんだかアテにならねェな」
と、声をあげたのは鷹次さんだった。
「あたりまえでしょ。相手は化物だもん。確実な方法なんてあるわけない。これは賭けよ。分の悪い賭け。でも私の数少ない経験から言わせてもらうと、おばけって平気で物理法則は無視するけど、
「つまり……おばけは理系じゃなく、文系の問題ということかい」
父さんがズレたコメントをする。ぼくは恥ずかしくなった。
「父さん、まじめにやってよ」
「いや、違うんだひばり。俺は座をなごませようと……」
そこに再び、鷹次さんが割りこむ。
「待てよ。仮に、その呪術とやらをやるとして……だぜ。あいつの顔に七つも穴を開けなくちゃいけねェんだろ。どうやって開けるよ、そんなもん」
「どうって……なんかドリルとか、
「ねェよそんな道具」
「ない……か。まあ、そうよね」
と、峰子は急にトーンダウンしてしまう。鷹次さんは続けた。
「そもそも、あのバケモンに接近して顔面に穴開けるなんて、自殺行為以外の何物でもねェだろ。たとえ相手が
「車は? 自動車にこう、トゲトゲかなんかくっつけて、どーんと体当たり……」
と、妙なアイディアを挙げたのは縫だ。鷹次さんはそれも一蹴する。
「ガレージは無事だったから、オレの車と兄貴のワゴンは動かせるがな。体当たりじゃ無理だろ。あいつの顔……ま、あの光ってる場所がそうだとするならって話だが、地上から二、三メートルは高さがあるぜ。届かねェ。第一、トゲトゲだのそんな細工してる時間だってねェんじゃねェか。あいつは光に弱いって話だろ。だとしたら」
鷹次さんは、壁にかかった柱時計をにらんだ。
「夜が来たら、強くなるってことじゃねェのかよ」
現在の時刻は、午後二時半を回ったところだった。
今は真冬だ。五時には日没が来る。もし、鷹次さんの考えどおりだとしたら……ほとんど時間はない。
縫が言った。
「だったら、なおさらジッとしてる意味ないじゃん。今のうちになんとかしなきゃ」
「だからって、ンなわけのわからねえ作戦に賭けるこたねェと言ってるんだよ。もっと確実な手があるだろ。たとえば、オレが車でヤツの気を引いて……そのスキに別方向から麓を目指す、とかよ。せめて警察だか自衛隊だか呼べりゃ、状況はマシになるだろ」
「鷹兄さん」
「ンだよ。オレだって……責任感じてンだよ。落とし前つけるにゃ、これしかねェだろ」
その言葉を皮切りに、みんながいっせいに口を開いた。お互い、それぞれの主張を譲らな。
でも、このまま議論を続けて意味があるとは思えない。ぼくは立ちあがった。
「ねえリア」
「な……なに。ひばり」
「リアのお父さんが持ってた銃──きみなら、撃てるんじゃないの」
「はあっ!?」
全員の視線が、リアに集中した。
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