ライフルと車椅子(1)

 ビルは一階と二階がスーパー、三階が電機店、四階がゲームセンターだった。

 冬休み初日だというのに、全体的に人影はまばらだ。


 ぶらぶらと電機店のフロアを冷やかし、エスカレーターをあがったぼくは、ゲーセンコーナーの端で自動販売機を見つけた。

 急にのどのかわきを感じて、財布から小銭を取りだす。

 そのときだった。

 百円玉が一枚、ぼくの手からこぼれて、フロアの床で大きくはねた。そのまま、ゲーセンの奥へところころ転がっていく。

 ぼくはあわてて追いかけた。

 百円玉は感心するくらい綺麗にバランスを保ったまま、延々と転がっていく。

 そして、人の座っている椅子にぶつかって、ぱたりと止まった。


 ぼくは、椅子に座っている人に「すみません」と声をかけようとした。

 けれど、できなかった。

 目の前の光景に、目を奪われてしまったからだ。


 百円玉がぶつかったのは、ゲーセン備えつけのパイプ椅子じゃなく、背もたれつきの電動車椅子だった。

 車椅子には、女の子が座っていた。

 この子も中学生くらいだろうか。栗色の長い髪。白いブラウスにカーディガン、ハイウェストのスカートという、どこぞのお嬢さまみたいなかっこうをしている。はっきり言って、ゲーセンの雰囲気からは浮いていた。

 彼女が向きあっているのが、ガンシューティング・ゲームの筐体きょうたいともなれば、なおさらだ。


 どうやら狙撃がテーマのゲームらしい。

 筐体からライフル銃の引鉄トリガーとお尻の部分(銃床ストック、って言うんだっけ?)がにゅっと生えていて、まるで本物の銃を撃つような操作で、狙撃手スナイパー気分が体感できる。

 はじめて見るゲームだったけど、彼女の腕前が普通でないのは、すぐにわかった。

 照準を合わせるスピードが、おそろしく早い。敵の兵士がちらりと姿を現した次の瞬間にはもう、頭を撃ちぬいている。もちろん一発も外さない。

 連続で狙撃を成功させるとボーナスポイントが加算される仕様らしく、画面の上のほうに表示されるスコアがすごい勢いで回っていた。

 そんなスーパープレイを披露しながら、彼女の横顔は冷静そのものだ。銃床ストックをぴったり肩につけた射撃姿勢も、なんというか、サマになっている。

 ぼくは百円のことも忘れて、彼女のプレイに見とれていた。


 あれよあれよという間に最終ステージへ到達した彼女は、壮大なBGMとともに登場したラスボスにもバスバスバスバスと七連続ヘッドショットを決め、ほとんどなにもさせずに瞬殺してしまった。

 エンディングとスタッフロールが流れ、スコアランキングが表示される。

 お嬢さまが入力したプレイヤーネームは「RIA」。

 ランキングは一位から二十位まで、すべて同じネームに独占されていた。


 ひと仕事終えたお嬢さまが、くーっと背のびをする。

 そこでようやく、背後に立つぼくの気配に気づいたらしい。ふっと振りかえった。


 きれいな子だった。

 細面で、抜けるように色が白い。

 顔にかかった栗毛のひとすじをすっと払いのけ、色素の薄いひとみでぼくを見た。


「ん?」


 次、遊ぶ? とでも言いたげに、小首をかしげてみせる。

 ぼくはあわてて、首を横に振った。視線を、足元のほうへ泳がせる。

 彼女もすぐ、車椅子のそばに落ちている百円玉に気がついた。

 手元のボタンを操作して車椅子の背もたれを倒すと、ちょっと無理な姿勢で手をのばし、コインをつまみ上げる。


「これ?」


 さし出された百円玉を見て、ぼくはあわてた。

 どう考えたって、体の不自由そうな彼女に拾わせるべき状況じゃなかったからだ。


「あ、ありがとう。ごめんなさい」

「どういたしまして。んふぅふ」


 なにがおかしいのか、コインを手わたしながら彼女は笑った。

 鼻にかかった、独特の笑い方だった。くすぐったいような、甘えるような。


 なんとなく立ち去りかねていると、彼女は車椅子をゆっくり旋回させて、こっちへ向きなおった。興味しんしん、という感じで、ぼくのことを観察してくる。

 おかげでこっちは、なんとも落ちつかない気持ちになった。


「あなた、このへんの子じゃないよね。観光でこんなとこ来るわけないし……冬休みにかこつけて、おじいちゃんおばあちゃんに遊びにきた、とか?」

「まあ……そんなとこ」

「ふぅん。どこ泊まるの? この近く?」

「いや。壇ノ市町、っていう……」

「ホント?」


 彼女の声が半オクターブ高くなった。


「私ん壇ノ市あのへんなの。奇遇だねえ。んふぅふ!」

「そ、そうなんだ」


 奇遇……なんだろうか。単に、周辺住民がヒマを潰すにはこのへんしかないっていうだけのような気もするけど。

 そんなことを考えていると、車椅子の彼女がふっと眉をひそめた。


「あれ? ……荷物があるってことは、これからあっち行くつもりなんだよね。バス?」

「うん。バス」

「もう、次のバスが出ちゃう時間だけど。こんなとこいて大丈夫?」

「えっ?」


 スポーツウォッチを見る。時刻は……十四時半。


「確か、次のバスは十五時半って……」

「それ平日ダイヤ。いま年末でしょ? みんな普段ほど出かけないから、本数減ってるの。十四時半、十七時半、二十時半で終わり」

「うそっ!」


 ぼくは大あわてできびすを返した。

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