明日に向かって撃て!(3)
そこは、土に埋まってしまったはずの、あの地下室に似ていた。
ただ、赤い。
天井全体がステンドグラスに覆われていて、そこから降りそそぐ、赤を基調とした光が部屋中を染めていた。
奥の壁もごっそりえぐれて、祭壇のかわりに、奇妙な機械がそこに埋めこまれていた。ものすごい数の歯車とバネと
その時計の前に、メイズさんが立っていた。
「おかえりなさい、ヒバリ。私の手のひらで、いい夢は見られた……?」
笑って、手をさしのべてくる。
反射的に後ずさろうとしたら、かかとが空を蹴った。あわてて振りむと、なにもない。
座敷の、いちばん外側の畳の
あれが出口か。
もっとよく見ようとすると、左手を強く引かれた。
たまらず転ぶ。
見ると、ぼくの左手首から銀色に光る
「いーとーまきまき、ねじをまき……くるりと回って、もとの場所……クスクスクス。今度は逃げられないわよ、ヒバリ。いえ……今度は、というのは正確ではなかったわね。おまえは一度も、私の手の内から出られたことなどなかったのだから」
「ヌイに聞いたのなら知っているはずよね? この世のすべては、私の思いどおり。おまえは、いろんなことを自分で決断したつもりだったのでしょうけど……そうしむけたのは、私。渾沌のについて教えてあげたのも、おまえがトンネルに興味を持つよう誘導したのも、すべてはこの瞬間のためだったのよ。希望でぱんぱんにふくれあがったおまえを、最後の最後でどん底につき落とし……最高の恐怖で熟しきった命を、おいしく食べるの」
メイズさんは、陶器のように輝く歯をむき出して笑った。
ぼくはなんとかふりほどこうとするけど、細い指も、
「クスクス。むだよ。あきらめなさい、ヒバリ」
「い……や、だ」
あきらめない。
あきらめるもんか。
もし、ここまでのできごとがこいつの計画どおりだったとしても……心までは自由にさせない。ぼくの心を折るのがこいつの望みなら、折れてなんか、やるものか。
「ねえヒバリ。私はとても、お腹がすいているの。どうせなら、気持ちよく食べられてくれないかしら。そうなることが、おまえの運命なのよ。おまえが生まれたのも、十四歳まで育ったのも……すべて今日、ここで死ぬため。私が、そう決めたの」
「ち……がう! 勝手に決めるな!」
生まれる家も、家族も、選べない。
それでも、この命はぼくのものだ。どこに行くか、誰と生きるかは──。
「ぼくが決める。おまえじゃない!」
「そう。自分の運命は、自分で決めるんだよ」
肩を強く引かれた。驚いて、横を見ると。
須賀縫が立っていた。
「なっ……」
がちがちがち、とメイズさんの懐中時計が音をたてる。
メイズさんの表情が、はじめてゆがんだ。そのすきに縫は、ぼくをメイズさんの手からもぎ離し、切りたった崖へ向かおうとする。
「ゴメンね! 遅くなっちゃった!」
「いや……っていうか、どうやって……うっ!」
左手に激痛。
まるで、奇妙な綱引きだ。
「ヌイ……! おまえはとんだ愚か者だわ。わざわざ自分から、死ににくるなんて……!」
「へへん。愚かはそっちだっての。おまえはなにかも全部わかってるなんて言うけど、ほんとはなにもわかってない! あたしだって、半年前におまえとつながったんだ。おまえとひばりのつながりに、
「いいえ、わかっているわ! わかっていた! なのに……ヌイ、おまえはとんだこぼれ球よ。よりにもよって……
「そこだよメイズさん。おまえが、本当にわかってないのはさ……人間の心だよ。いざってとき、人間がどれだけ勇気を出せるか……どれだけ助けあえるか、おまえには絶対わかりっこないッ! ひばり!!」
「う、うん」
「早く戻ろ。リアたちが待ってるよ!」
「……わかった!」
ぼくたちは、渾身の力で
「や、やめなさい。やめッ……やめろッ!!」
「うああああああ──ッ!!」
ぶつん、と音をたて、ぼくの手首から
メイズさんがたたらを踏む。その足が、畳を踏み抜いた。
「!!」
座敷の床が避ける。赤い世界に闇があふれ出した。黒々とぬめる、イソギンチャクのような無数の触手がメイズさんにまとわりつき、のみこむ。
ぼくと縫は迷わず崖に走ると、そこから飛びおりた。
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