明日に向かって撃て!(2)
「当たった!」
思わず叫んだ。さすがのリアも、スコープから目を外す。
スラッグ弾が命中した部分には、黒々と大きな穴が開いている。ぼくたちは、固唾をのんでその傷跡を見つめた。
五秒……十秒……。いつまで経っても、穴がふさがる気配はない。
峰子がうなった。
「再生しない……効いてる……!?」
「よっしゃ、いける! ガンガンやっちゃえ!」
縫が座席のヘッドレストをたたいた。
そうしている間にも、ワゴンはどんどん加速しながら集落を離れていく。この先は、斜面とガードレールにはさまれた、一車線の峠道がどこまでも続いているだけだ。
集落のほうにいくつか、ヘッドライトの明かりが見えた。鷹次さんたちも動きだしたということだろう。
オノゴロ童子が、そちらに気づいたようすはなかった。競走馬みたいなギャロップで、こちらを一直線に追いかけてくる。
思っていたより……ずっと速い!
リアが発砲した。当たらない。
スピードが乗るにつれて、オノゴロ童子の上体が、ぶるんぶるんと前後左右にぶれはじめたからだ。これじゃ、とてもじゃないけど狙えない。
「くっ……!」
リアの歯噛みする音が聞こえた。
撃つ。かすりもしない。
撃つ。動きまわる触手にはじかれる。
ぼくは背中を冷たいものが走るのを感じた。
まずいかもしれない。
見通しが甘すぎた。神代家にストックされていた銃弾は、およそ三十発。今のペースで消費していたら、七発命中させる前になくなってしまう!
(……いや、まだだ)
あきらめないぞ。あきらめてたまるか。
考えるんだ。あいつの動きを止める方法……それか、動きの法則性を見つけるとか……。
ぼくはオノゴロ童子を見つめた。赤い光を引きながら、雪の残る峠道を疾走する巨体。赤い光。赤。赤……赤赤赤赤。
そのとき、いきなり視界が二重写しになったように感じた。現実と少しだけずれた位置に存在する、真っ赤な世界。
こめかみがずきりと痛む。思わず頭を押さえると、縫が声をかけてきた。
「ひばり! どうかした?」
「な……なんでもない。平気」
なんだ、今の。
いや……わかるぞ。ぼくは、今の光景を知ってる。
もう一度、オノゴロ童子に意識を向ける。視線を一点に集中させつつ、それの先にあるもの……本当ならば目で見えないものまで見ようとする。集中力の限界で頭がきりきり痛みはじめるのと同時に、何重にもかさなった世界が目に浮かんだ。
それは一秒先、二秒先、三秒先……そのずっとずっと先まで続く、未来のオノゴロ童子だった。少しずつズレて存在している未来の像を、現実のオノゴロ童子がゆっくりとなぞっていく。
これはあのとき、夢の回廊で見たのと同じ……メイズさんの視界だ。複雑にからみあい、分岐した未来を認識する目。
ぼくは、自分の左手首をぎゅっと押さえた。
たぶん、ぼくとメイズさんはまだつながってる。オノゴロ童子の中にいるメイズさんと、物理的に距離が近づいたことで、メイズさんの見ている世界が少しだけ、ぼくにも見えるようになったのかもしれない。
……だったら。
「ねえリア」
「なに!?」
「銃の照準を、今の場所で固定して……ぼくの言ったタイミングで撃つことって、できる?」
「いちいちねらいをつけずに、ってこと? そりゃ、できるけど……」
「じゃあ、やって」
「え? やれって……ひばり!?」
返事をしている余裕はない。ぼくは
赤い世界の中に、銃から発射された──いや、これから発射される銃弾が浮かんでいる。ひとつやふたつじゃない。これから起こりうる未来の数だけ、無数の銃弾がある。千万、億兆、
いや。だめだ。そっちに気をとられちゃいけない。
ぼくは自分の顔をぺちぺちと張った。
危うく、あまりにも多すぎる未来の中に迷いこんでしまうところだった。まるで情報の蟻地獄だ。こんなものをいつまでも見ていたら、絶対に頭がヘンになってしまう。逆に言えば……あの世界を見続けながら生きているメイズさんは、やっぱり、人間とは違う怪物なんだろう。心のつくりが、完全に違ってしまっているとしか思えない。
今のぼくに、
リアの放った銃弾と、オノゴロ童子の位置が重なる、その一瞬だけだ。
無数の星の中から星座をよりわけるように──ぼくはそれをつかんだ。
「リア、六秒後! 五、四、三……」
「えっ? え、えっと」
「二、一……ゼロ!」
銃声が響く。
銃弾は、見えない糸でもついていたみたいに、赤い月へ吸いこまれた。
月面に、新たなクレーターが
「うそ……。ひ、ひばり、どうやって」
「ぼくとメイズさんとのつながりが、まだ残ってるんだ。次いくよ!」
「う、うん……!」
リアの切りかえは早かった。銃弾を再装填し、銃身をぴたりと固定させて構える。銃口のぶれが小さくなると、可能性の分岐もそれだけ収束して、見やすくなった。ありがたい。
「四秒後。三、二、一……ゼロ」
撃った。
続けて命中。
排莢しながら、ふうっとリアが白い息を吐いた。
これまで銃弾をものともせずに追いかけてきていたオノゴロ童子が、はじめて苦しそうに体をよじった。三本足がもつれかけ、スピードが落ちる。
縫と峰子が歓声をあげた。
「効いてる! 効いてるよ!」
「これで三つ……残り四発ね。……って、ちょっと、ひばり!? 鼻血!」
「え?」
峰子に指摘されて鼻の下をこすってみたら、手が真っ赤になったのでぎょっとした。いつの間にか、服にも赤いしみが点々と散っている。
リアがぼくのようすを横目で見て、目を丸くした。
「ひばり……!」
「だ、大丈夫」
「い、一度、どこかで停めるぞ! 無理は……」
「父さん、ダメ! チャンスは今しかないんだよ!」
と、運転席のほうを振りむいた瞬間。
ぼくはフロントガラスの先に、オノゴロ童子の赤い像を幻視した。
「ブレーキぃぃぃーッ!!」
ぼくの叫びに反応して、父さんがブレーキを踏んだ。まだ雪の残る路面を、タイヤがスリップする。進む先はカーブだ。ガードレールの先は谷底。
同時に、オノゴロ童子が急加速した。道路横の斜面──コンクリートブロックで固められた
黒い巨体が行く手をふさぐ。
父さんはガードレールに車体をこすりつけながら、オノゴロ童子の着地した場所の少し手前でギリギリ止まった。もし、少しでも反応が遅れていたら、今のでやられていただろう。
すぐさまギアをバックに入れ、ふたたび急発進。
オノゴロ童子は追ってくる。距離が近い。追いつかれそうだ。
「くっ!」
リアが、肩にかけていたサベージの
ぼくはとっさに、リアの動きを制した。
「待ってリア、そのまま!」
「えっ?」
「そのまま構えてて。二十秒……ううん、二十一秒後!」
ぼくには見えていた。父さんがなにをするつもりなのかが。
「十七、十六、十五……」
ワゴンは、バックギアのまま猛スピードで爆走していた。やがて分岐路が見えてくる。この峠道は一車線しかないけど、そこだけは比較的広めのスペースがとられていた。
「九、八、七、六……」
前後をせわしなく見ながらワゴンを走らせていた父さんは、分岐路にさしかかると同時に覚悟を決めた表情で急ブレーキを踏んだ。同時に、ハンドルを思いっきり回す。タイヤがすべって、車がスピンした。
フロントバンパーで斜面を、リアバンパーでガードレールを激しくこすりながら、ワゴンがきれいに半回転した。リアの銃口が……追ってくるオノゴロ童子に、重なる。
「二、一、ゼロ!」
「っ!」
遠心力に耐えながら、リアが発砲する。
直撃を食らって、オノゴロ童子がのけぞった。ワゴンはそのすきに態勢を立てなおし、もと来た道を逆走しはじめる。
「よしっ!」
あと三発。
これならいける!
そう思った次の瞬間、背後から伸びてきた冷たい指先が、ぼくの顔を包みこんだ。
『いいえ、これでおしまい。クス、クス……クスクスクスクス……!!』
そして次の瞬間、ぼくは、深い地の底へと引きずりこまれていた。
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