バイロケーション(2)
バイロケーション。
言葉の意味は「同時にふたつの場所に存在すること」みたいな感じ。
要するに、ぼくが体験したような、同じ人間が二か所で同時に目撃されてしまう現象のことを指すんだけど……中には、これを超能力の一種みたいに考えている人もいる。
つまり、バイロケーションを起こしている人間というのは、自分の分身を作り出して遠くへ飛ばせる「能力者」でもあるというわけだ。
「……まあ、自分の意思で起こせるわけでもないのに、『能力』もくそもないでしょ、って感じではあるけど」
「ひばり的にはどうなの? 自分がやってる自覚、あったり?」
「わかんない。ただ……」
「うんうん」
「『志筑ひばり』が出てくるのは、決まってぼくが眠ってるときだったんだ。それで……これ、両親には話してないことなんだけど……ぼく、眠りながら、カラオケやゲーセンをうろつく夢を見てた……ような気がする」
「うわーお」
「わかんないよ。夢なんて、どうせ目が覚めたらすぐ忘れちゃうし」
「でも、かなり『っぽい』よね。幽体離脱っぽい。……ひばり、ポルターガイスト現象ってわかる? 家の中で変な音がしたり、ものが勝手に動き回ったりすることなんだけど」
「わかるよ。超能力者が起こしてる、って言われてるやつでしょ」
「んふぅふ」
リアの言いたいことはわかったし、リアも、ぼくがなにを考えていたのかわかったようだった。
ぼくは、自分の身に起きてることをなんとか理解したくて、オカルト系の文章を読みあさった。きっとリアにも、同じようなことをした時期があったに違いない。
「人間の中には潜在的な超能力者がけっこう混じってて――強いストレスを感じたとき、自分でもそうと気づかないうちに、能力を発現させちゃうことがある、って話だったよね。ポルターガイスト現象の場合は
「うん。少なくとも、ストレスは充分感じてたし、それに……」
「それに? なに?」
「この件が起きてから、両親があんまり家でケンカしないようになったんだ。そうしたら、『志筑ひばり』もパタッと現れなくなった」
「わおわお。じゃ、ほんとに相関ありだ」
「かも、しれないね。……まあ、おかげで、両親ともなんかぼくに気を遣うようになってさ。いつまでもギスギスしてるよりはってことで、離婚の相談、前向きに進める気になってくれたんだ。だから、結果的にはよかった……のかな」
ふんふんと聞いていたリアの眉が、そこでぎゅっとひそめられた。
「え、待って? じゃあ、ひばりがこっち来てるのって」
「そう。離婚の件がまとまるまで、離れた場所で時間潰すため」
「うわ。そっか」
リアは心底びっくりしたらしく、「お手上げ」のポーズでそっくり返った。
ずるずると背もたれをずり下がりながら、また、同じつぶやきをくり返す。
「……そっかぁ」
「お互い、家族のことで苦労するね」
「ほーんと、子供はつらいよ。生まれる家は選べないし……自分の力じゃ、どこにも行けない」
「同意する。けど、まあ……なんか、よかったよ。ぼくたち、こうやって会えて」
「そうだね。……会えてよかった」
リアはそう言うと、くしゃりとしおれた笑みを浮かべた。
弱々しいその顔を、ぼくは、これまで見たリアの表情の中で、いちばん好ましいと思った。
リアの顔には、あきらめがあった。
たぶん、ぼくの顔にも、同じあきらめがある。
今さら同情もはげましも要らないぼくたちが、唯一、必要としていたのは、同じあきらめを共有する誰かだった。
もしかしたら、はじめて顔を合わせたあのときに、ぼくたちはお互いから、同類のにおいをかぎとっていたのかもしれない。
現実の苦さに慣れてしまった人間に、あきらめは甘い。
ふたりでなめあうのも、悪くない。
***
翌日も、ぼくは神代邸へ遊びに行った。
その日は鷹次さんの代わりに長男の鴻介さんがいて、父親を介護している現場をちょろっと目撃してしまった。
数年前に脳梗塞を経験したというリアたちの父親――神代
鴻介さんは神代家の財産管理を務める代わりに就職はせず、こうやって父親と叔母|(地下にいる『比和子おばさん』)のお世話をして過ごしているらしい。
リアは落ち目落ち目と言うけれど、それでちゃんと立ちゆくんだから、やっぱり充分金持ちなんじゃん、と思った。
ちなみにリアのお母さんは、リアを産んですぐ、体を壊して亡くなってしまったらしい。これまで一度も姿を見かけないし、話にも出てこないから、そうなのかなと思っていたけど、やっぱりか。
お母さんの話をするときのリアの態度は本当にあっさりしていて、特にこれといった感情は抱いていないように見えた。
そのまた次の日は、ふたりして、
リアに言われて例のシューティングゲームをやってみたけど、ぼくは一面すらクリアできなかった。それからリアのスーパープレイを拝み、スーパーに併設されている鯛焼き屋で鯛焼きを買った。
駅前のロータリーで、あんことカスタードを半々しながら食べていると、近くの電線をちょこちょこはねまわっている、スズメの群れが目についた。みな、冬毛でまんまるに着ぶくれている。
「鳥はいいねえ。どこでも、好きなところに行けて」
リアは右手の人差し指を頭上に向けると、ぴたりと狙いを定めた。
「……ばーん」
その声は大きさのわりに、乾いた空によく響いた。
驚いたスズメが、わっと散る。
リアは
決定的なできごとが起こったのは、その日――十二月二十九日の夕方おそくのことだった。
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