ゲームオーバー(2)

 弾丸によって七つ目の穴を開けられた瞬間、オノゴロ童子の体はぐらりとかたむいた。だが、まだ勢いは止まらない。ぼくたちのほうへ、突っこんでくる。

 ぼくはリアを雪の上に押したおすと、その上に覆いかぶさった。

 オノゴロ童子が来る。

 完成した顔に、歓喜が浮かんでいた。

 やられる。ぼくがそう覚悟したとき、やつの顔が驚愕にゆがんだ。まるで、この星には重力があるということを、唐突に思いだしてしまったような──。


 次の瞬間、オノゴロ童子が崩壊した。

 一瞬のうちに形が崩れる。やつには悲鳴をあげる時間すらなかった。

 怪物は、なんだかよくわからない黒っぽい液体のかたまりになって、ぼくらの上にぶちまけられた。


「うわっ、ぷ……くさっ!」

「けほっ。なにこれ……海!?」


 そうだ、海水だこれは。

 悪臭の正体は、強烈な磯の香りだった。

 そういえば、水蛭子ヒルコえびす・・・は海からやってくる、みたいなこと言ってたっけ。海から来て……海へと還るモノ。


「やだもう、最悪……っくしゅん!」


 リアが派手にくしゃみをする。日が沈んで、気温がどんどん下がってきていた。びしょ濡れの体は、みるみる体温を奪われていく。

 せめて、車に戻らないと……と、リアに肩を貸しながら立ちあがったところで、ぼくは固まった。


「……ひばり?」

「リア。あれ……見える?」

「え?」

 まばらに生えた、低木の茂みのむこう。

 そこに、大勢の女性たちが立っていた。

 こんなに暗いのに、彼女たちだけが背景から浮きあがって見える。ほとんどはこっちに背を向けていて、顔はよく分からない。ただ、大半が紫色の着物を着ている。

 そのうちのひとりが、こちらへちらりと目を向けて……たぶん、笑った。他と違って病院着のようなものを着ており、とても長くてきれいな、栗色の髪をしていた。

 女たちが、着ているものに手をかけ──一斉に脱ぎすてる。

 次の瞬間、地平線へむけて、無数の鳥たちが飛びたった。

 一瞬あっけにとられたぼくたちが、地上に目を戻したとき──女たちの姿は、もうどこにもなくなっていた。


 そうか。そうだね。

 もう──みんな、自由だ。

 飛んでいけばいい。行きたいところへ。


 ぼくとリアは身を寄せあったまま、鳥たちの消えていった地平線を見つめていた。

 どれくらい、そうしていただろうか。オーイと声がして振りむくと、横転した車の前に縫と峰子がいて、こっちに手を振っている。父さんはまだ、うまく地上に降りられずにジタバタしていた。


 ぼくも手を振りかえす。


 遠く、サイレンの音が聞こえた。鷹次さんは、無事にパトカーを呼んでくれたらしい。

 ぼくとリアは、たてつづけに大きなくしゃみをした。

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