籠の鳥にも羽はある
一月八日。
冬休み十四日目であり、最終日。入院生活三日目。
退院を明日にひかえて、ぼくは完全にヒマをもてあましていた。なにしろスマホがない。監禁されたとき、鴻介さんに処分されてしまったのだ。東京に帰ったら、新しいのを買ってもらわないと……。
そんなことを考えていると、病室のドアが開く音がした。カーテンをめくってみると、車椅子に乗ったリアが入ってくるところだった。
ぼくの顔を見つけて、リアの顔がぱっと華やぐ。
「ひばり!」
軽く手を振る。
リアはスムーズに車椅子をあやつって、ベッドのとなりまでやってきた。
「んふぅふ。来ちゃった」
「大歓迎。ヒマで死ぬとこだったよ。……ひとり?」
「ううん、鷹兄さんといっしょ。でも、病室の前で別れちゃった。ひばりには、合わせる顔がないからって」
「真面目だなあ」
「ああ見えて、意外とね。んふぅふ」
あれから。
ぼくたちは、駆けつけた救急隊の人たちに救出され、ここ──
ぼくは全身打ち身すり傷だらけだったけど、それ以上に、最後に浴びせられた海水が問題だった。タチの悪い風邪をひいて、高熱を出してしまったのだ(ちなみに、リアは平気だった。なんか悔しい)。
おかげで救出から半日ばかり、ぼくは誰ともまともに話せなかった。正直、まだちょっと喉が痛い。
入院一日目の夕方に、母さんがやって来た。
母さんはとにかくキレていて、警察と病院、そしてもちろん父さんの悪口を言いまくっていたけど、とりあえずぼくを心配してくれていたことは伝わった。
一応フォローしておいたほうがいいかなと思って、父さんの運転技術に助けられたことを言おうとしたんだけど、ぼく自身、なにをどう説明すればいいのかわからない状況だったので、どこまで伝わったかはわからない。とりあえず、走り屋時代の父さんがいかにロクデナシだったかはたっぷり聞かされた。じゃあなんで結婚したんだろうと思うけど、そっちの理由はいまだに謎のままだ。まあ、あんまり知りたくはない。
それから警察の人がやってきて、あれこれ事情聴取をされた。
ぼくには作り話でごまかすような才能はなかったので、最初から最後まで、自分が体験したことをぜんぶ話すことにしたら、担当刑事さんは頭を抱えていた。常識的にありえない話だったから……ではなく、関係者が全員、同じようなことを語っていて、辻褄が合ってしまいそうなのがイヤだとぼやいていた。
入院二日目|(つまり昨日)になると、
その日の午後、リアがお見舞いに来てくれたので疑問をぶつけてみたら、リアのほうも釈然としていないようすだった。
リアは狩猟法および銃刀法違反、鷹次さんは拉致監禁に加担した罪があることを警察に主張したのだけれど、どうやらふたりとも逮捕される気配がないのだという。
なんでも、状況証拠も関係者の証言もメチャクチャすぎて、このまま送検しても裁判所が納得してくれそうにない……とかなんとか。
それでデッチあげられた「常識的」なお話というのが、あのニュースの熊騒ぎらしい。
一応、ぼくの誘拐と監禁については、鴻介さんを主犯として捜査が進められているらしい。とはいえ被疑者はすでに死亡。発掘作業はしているものの彼の死体も監禁現場もいまだ地下に埋まったままで、ろくな証拠は見つかりそうにないと、警察もやや匙を投げぎみなんだとか。鷹次さんについては、被害者であるぼく自身が彼に助けられたと証言していることもあって、仮に追及されたとしても微罪ですみそうだという話だった。
ぼくとしても、その結果は願ったりかなったりではあった。
裁判やニュースで騒ぎになるよりも早くふつうの生活に戻りたかったし、これ以上、リアや鷹次さんが傷つくようなことにもなってほしくない。鴻介さんには悪いけど、都合の悪いことは全部彼のせいということで丸く収まるんだったら、そっちのほうがいいと思った。
そんなことを考えていたら、リアが、はあっと大きなため息をついて、ぼくのお腹の上に頭を乗せてきた。
「なに。重いよ」
「だってぇ。……ねえ、本当に明日、帰っちゃうの」
「しょうがないよ。風邪も治ったし、冬休みも終わっちゃったし。縫と峰子だって、昨日四国に帰ってったでしょ」
あのふたりは、本当なら現場に戻って、メイズさんの破片を回収するつもりだったらしい。もちろん、今度こそやつを完全に始末するためだ。
ただ、そういうわけにもいかなくなった。鴻介さんの死を知った洲本鍔芽が警察に出頭し、彼の指示のもと、西林詩歌の死を
メイズさんの残骸については、鷹次さんに処分を頼んだらしい。
「……あと……ゆっくりでも、引っ越しの準備しないとだから」
父さんと母さんは、結局、離婚することになりそうだ。
昨日の午前中、父さんと母さんと時枝おばあちゃんがやってきて、ぼくにそのことを教えてくれた。父さんも母さんも平謝りだったけど、まあ、そうなるだろうなと思ってはいたから、別にショックはない。
それでも、言っておかなくちゃいけないことはあった。
「あのね。ぼく、父さんと母さんがケンカしてるのは嫌いだよ。めちゃくちゃ嫌い。そんなことされるくらいなら、すぱっと離婚してくれたほうが百倍いいと思ってる。でも、別に父さんと母さん個人のことは、嫌いじゃないからさ。どっちと暮らすことになっても、もう片方と家族じゃなくなるなんて、思ってないよ。……それだけ」
ぼくがこんなことを言ったからって、別に、なにがどうなるわけでもないけど。他人事みたいな顔をしてるよりは、いいんじゃないかと思う。
と、ぼく自身はそれなりに満足していたんだけど、それを聞いた父さんも母さんもべそべそ泣くのにはうんざりした。おばあちゃんはそんなふたりを横目で眺めると、ぼくのほうに目を遣って、わざとらしく肩をすくめた。
「困ったもんだねえ。ひばりちゃんがいちばん、大人だよ」
ぼくは笑った。
そして、たぶんもう、ぼくのバイロケーションが現れることは二度とないだろうなと思った。
どのみち、メイズさんとのつながりを断ち切ったあのときに、ぼくの持っていた特別な力とやらも一緒に失くしてしまったような気がするのだけど。
そのときの話は、昨日のうちに、リアには話していた。
ぼくのお腹を頭でぐりぐり圧迫しながら、リアがぼやく。
「ひばりだっていろいろつらかったのに、こんなこと言ったら怒るかもしれないけど……うらやましいな。家族と、そんなふうに折りあいつけられるのって」
「怒らないよ。リアこそ……つらいじゃん」
リアの家族は、鷹次さんだけになってしまった。
帰る家も壊れてしまって、もうない。とりあえずは、神戸市内に家を借りて、ふたりで住むつもりらしいけど。
「うん。なんか、わかっちゃった。家っていうのは、ただの入れ物で……ただ同じ箱に入れただけじゃ、家族にはなれないんだよ、きっと。うちは……たぶん最初から、家族なんかじゃなかった。百年近くも、スカスカの箱ばっかり大事にしてたせいで、中身の人間を大事にすることができなくなっちゃったの」
「そっか。……子供はつらいね。生まれる家は選べない」
「ほーんと。……でも、まあ、いいよ。いつかは巣立つものだもん」
リアはそう言って、窓のむこうを見つめた。
名前も知らない鳥の群れが、とても遠くを飛んでいる。
そうだ。ぼくらも、いつかは巣立つ。自分の力で、どこかへ行ける。
生まれつき、鳥籠の中しか知らない鳥にだって、羽はあるんだ。ただ、飛び方を知らないだけ。親鳥が教えてくれないなら、自分で見つければいいだけだ。
「ひばり?」
「ん?」
「私たち、会えてよかったよね」
「うん。……会えてよかった」
リアはくしくしと鼻を鳴らすと、妙にスッキリした顔で身を起こす。
「じゃ、私もそろそろ行かなくちゃ。またね、ひばり。新しいスマホ買ったら、爆速で連絡すること」
「するする。っていうか、リアこそ住所決まったら教えてよ。会いに行くから」
「そうだね……あ。いや、うーん」
「なに」
「やっぱダメ。ひばり、来ないで」
「えっ」
いきなりハシゴを外されて、ぼくはあわてた。
なんか、嫌われるようなこと言ったっけ? いつ?
リアは、そうやってあわてるぼくを、まじまじと見つめると……。
晴れ晴れとした顔で、笑った。
「だって次は、私のほうから会いに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます