ひとり旅(1)

 十二月二十六日。冬休み一日目。

 新幹線の改札を抜け、乗りかえ先のホームに向かって歩きだしたところで、スマートフォンのバイブが着信を知らせた。

 発信者は志筑しづきかける。父さんだ。

 正直めんどくさいな、と思ったけど……ここで電話を無視して「なにかあったんじゃ」なんて思われたら、よけいに面倒だ。それに、娘のひとり旅を案じる親心が少しもわからないほど、ぼくも子供じゃない。


 ぼくはホームへ向かう人の列から外れると、スマホを耳にあてた。

「もしもし? 父さん?」

『あー……ひばりか? 新幹線、無事に着いたか。問題ないか?』

「ちゃんと着いたよ。大丈夫。今から乗りかえ」

『そ、そうか。もし道に迷ったら、すぐ父さんかおばあちゃんに電話するんだぞ。おばあちゃんの携帯番号、知ってるよな?』

「知ってる知ってる。っていうか迷わないし、なにかあっても、自分で検索するから平気だって。ほんと心配しないでよ」

『……ああ』

「そっちこそどうなの。母さんと話しあい、ちゃんと進んでる?」

『えっ。いや、それは……まあ……』


 煮えきらない返事。

 思わずため息がこぼれる。


「ぼくの心配なんかより、ちゃんと自分たちのこと、考えたほうがいいんじゃないの。冬休みの間に結論出すって約束なんだからさ。でなきゃ、ぼくがわざわざこうやって席外す意味ないじゃん」

『うん……そうだな。ごめん。……けどな、ひばり。父さんも母さんも、本当に、ひばりの気持ちが一番大事だって思ってるんだ。だから……』

「関係ないよ」

『え……』

「関係ない。父さんと母さんが夫婦でいるかなんてのはさ、あくまでふたりの問題なわけじゃん。ぼくは関係ないし、口出すつもりもない。ぼくのことを言い訳に使うのはやめて、とっととふたりで決めちゃってよ。……この話、もう何度もしてるよね?」

『ああ……うん……』

「じゃあ切るから」

『いや、それは……ひばり?』


 父さんはまだなにか言いたげだったけど、ぼくはかまわず通話を切った。

 スマホを握っていた左手の指先が白くなっている。無意識のうちに力がこもっていたみたいだ。

 深いため息をついて、スマホをしまおうとした瞬間――手の中でまた、ヴヴッ、とバイブの感触がした。

 父さんが未練がましく連絡してきたのかと思ったら、画面に表示されていたのは母さんの名前だった。チャットアプリのメッセージ通知だ。

 アプリを開くと、母さんの送ってくるメッセージのフキダシが、今まさにポコポコと増えていくところだった。


『新幹線、もう着きましたか?』

『道が分からなくなったら、すぐ私かおばあちゃんに連絡すること』

『おばあちゃんの連絡先、念のためもう一度貼っておきますね』


 ぼくはうんざりした気持ちで、駅の天井をあおいだ。

 顔を合わせるとケンカしかしないくせに、なんでこういうときの行動はそっくりなんだろう。似た者同士だから、磁石のプラスとプラスみたいに反発しあっちゃうのか。


(そりゃあ――あんな騒ぎ・・・・・があったら、少しくらい過敏になるのもわかるけどさ)

 だとしても、そのことでぼくに負い目を感じるのはお門違いだ。

 だって、あの騒動・・・・に関して、ぼくにはなんの責任もないんだから。ぼくはなにも知らないし、なにもしていない。


 そんな思考といっしょにスマホを手の中でもてあそんでいると、ホームへ降りるエスカレーターの奥から、ピリリリリ、と発車を知らせる警告音が響いてきた。


 ――やばい! 乗らなくちゃ!


 ぼくはあわてて走りはじめた。

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