万華鏡の檻の底(3)
一月二日。
冬休み八日目。監禁四日目。
ぼくは疲れきっていた。
体が重い。体中の血管に鉛を流しこまれたみたいだ。
メイズさんは、指示に従わなかったぼくを責めなかった。むしろはげまし、なぐさめてくれた。
それでもぼくは、回廊のなかばでくじけてしまった。
あの場所は、苦しい。
動きたくない。なにかを考えるのも、つらい。
ぼくは布団で丸くなった。こうして眠っている間に、ぼくのバイロケーションがどこかに現れて警察を呼んできてくれるんじゃないかと、心の中でうっすらと期待しながら(メイズさんは、オノゴロ童子を閉じこめる迷宮の檻が存在しているかぎり、ぼくの分身が屋敷の外に現れる可能性はないと言っていたけれど……)。
今日の朝食は鴻介さんが持ってきた。
彼の顔を見てほっとしている自分が、ものすごくイヤになる。
思いきり冷たい対応をしてやろうと思っていたのに、話しかけられたら応えてしまった。ぼくは、人との普通の会話に飢えていた。
他愛ない、天気の話なんかをした。外は連日、雪が続いているらしい。
彼が去ってから、シャワーを浴びに行く。
洗面台の前を通りすぎようとして、ふと足が止まった。鏡の取りはずされた壁を見る。もし、ここに鏡が残っていたら、きっと暗くよどんだ目のぼくが映るだろう。あの回廊にいる死人たちと、まったく同じ目をしたぼくが……。
吐き気を感じて、洗面台にかがみこんだ。
こみあげてきたものをなんとか押しもどす。だけどその拍子に、洗面台のタイルの隙間に入りこんだ、赤黒い汚れを見つけてしまった。
顔面を何度も鏡に打ちつけていた、あの花嫁の血みどろの顔がよみがえってくる。今度こそ耐えられなかった。朝食の残りを、洗面台にぶちまける。
鼻がつんとして、涙が出た。
少しぐったりしたあと、ぼくはふるえる手で、洗面台の下の収納を開けた。そこに掃除用具がしまってあるのを知っていたからだ。
バケツ。洗剤。ぞうきん。スポンジ。トイレ掃除用のブラシ……。
雑多に放りこまれた道具を適当に選んで、後始末を済ませる。
道具を片づけようとして、ぼくは、頑張って意識からしめ出していた、あのヘビ女のことを思いだしてしまった。あいつは……この収納に体を突っこんで、なにをしていたんだろう。
なにかあるのか。ここに。
あったとしても、さっき見つけたタイルの血痕と同じような、ろくでもないものに決まってる。そう思って、一度は収納を閉じようとしたけれど……やっぱり気になった。
もし、ここにも気持ち悪い痕跡が残っているなら、これからも手に取る道具を、そんな場所にしまっておきたくない。そう感じたからだ。
ぼくは、掃除道具をすべて出し、収納に頭を突っこんだ。天井の灯りが届かないせいで暗いけど……見たところは、なにもない。少し安心したぼくは、手をのばして、収納の奥の板をさわってみた。
かた。
強く押すと、板はさらに動いた。何度かゆさぶってみてから、板の上のほうに、小指の先が引っかけられるくらいの切り欠きがあることに気づく。そこに指をかけて引っぱると、板はあっけなく手前に倒れた。
板の奥には。
手掘りのトンネルが、黒々と口を開けていた。
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