救世主はメイズさん(2)
「もうひとつ、いいかな」
「なにかしら」
「リアは? リアがどうなったか、わからない?」
──まったく、我が妹ながらまんまと
──それはね、ウソをついたんだ。
──君という身代わりができて、今頃ほっとしていることだろうさ。
鴻介さんの言葉が、何度も頭の中を反響する。
あれは……あの口ぶりはまるで、リアがぼくを
「ジンダイリアね。彼女なら……普通にしているわ。自分がオノゴロ童子の役目から外れて、ほっとしている」
「そ、そんな」
そんなはずは──ない。
ないはずだ。
リアが、そんな冷酷な人間だとは思えない。
それにあの夜、ぼくが家を飛びだしたのはぼく自身の意思だ。役目が嫌なら逃げだしちゃえば、と誘ったのもぼくだ。リアに計画できたわけがない。
そんなぼくの考えを読んだみたいに、メイズさんは言った。
「ヒバリ。邪悪な考えの持ち主というのはね、あなたが思っている以上にしたたかなものよ。その気になれば、自分の思いどおりにあなたをコントロールしながら、当のあなた自身には、まるで自分の意志で行動しているように錯覚させることだってできる。情報を隠し、ねじまげ……同情を買う演技で、相手の心をつかむ。特にあなたみたいな、心のまっすぐな子はかっこうの獲物だわ」
「じ、じゃあ……メイズさんも、リアがぼくを罠にかけたんだって思うの」
「思う、じゃなくて、知っているのよ。私はね、なんでも知っているの。過去と現在、そして未来のことまで──ね。あなたは、あの娘にだまされた。つらいけれど、それが現実」
そこまで言ったところで、メイズさんは、ふっと口をつぐんだ。
「いけない。長話がすぎたわね。あなたとのつながりが、弱まってきている……夢がさめかけているんだわ」
「えっ。そ、そんな」
「大丈夫。明日になれば、また夢で会えるわ。ただ……その前に、あなたに身を守る方法を教えておかなくちゃ。これ以上、あなたをオノゴロ童子の暴力にさらすわけにはいかないもの」
言われて、気を失う直前の、激しい痛みと恐怖がよみがえる。
夢の中なのに、胃がぎゅっと縮んで酸っぱいものがこみあげてくるのを、リアルに感じた。
「あ、あいつ……急に暴れだしたんだ。機嫌よく遊んでると思ったのに……」
「それは、対戦相手が弱すぎたせいでしょうね」
「なんだって?」
「あれは子供なのよ。自分の思いどおりにいかなくても、思いどおりにいきすぎても不機嫌になるの。ゲームの相手も、それなりに歯ごたえのある相手でなくては物足りないんだわ。もちろん、あなたが勝っていたら勝っていたで、同じことになっていたでしょうけれど」
「む、むちゃくちゃだ。ワガママすぎるよ、そんなの」
「歴代の花嫁たちも、こつをつかむまでは苦労していたようね。……いいえ、たとえ順応できたとしても、あれのご機嫌をとるのが過酷な仕事であることには変わりない。その証拠に、どの娘たちもあまり長生きできずに亡くなっているもの。長くても二十年……短ければ、五、六年」
「五、六年って……」
残りの人生としては、あまりに短い。
けど、
「もちろん、あなたにそこまでしろとは言わないわ。けれど……脱出の準備をするためには、しばらく耐えてもらう必要がある」
「脱出? で……できるの!?」
「もちろんよ。私とあなたが、力を合わせれば……ね。ただ、その話はまた明日にしましょう。さっきも言ったけれど、今は時間がないの。いい? よく聞いて、ヒバリ。次に、オノゴロ童子と相対することになったら……その時計を使って、占いをしなさい」
メイズさんはそう言って、ぼくのスポーツウォッチを指さした。
「……占い?」
「そう。昔、私が住んでいた土地では、『メイズさん占い』と呼ばれていたわ。声に出して……ううん、心の中で念じるだけでもいい。私に質問をするの。『メイズさん、メイズさん、教えてください』とね。そうしたら、私がその時計の針を使って、啓示を与えてあげる。たとえば……質問の答えが『ハイ』なら零時。『イイエ』なら六時といったぐあいに」
「ハイは零時で……イイエが六時?」
「そう。いい子ね。あとは私を信じて、私の言うとおりにすれば大丈夫」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それだけじゃなにがなんだか──」
そのとき。
エレベーターが下に向かうときみたいな、ふわっと浮きあがる感覚が、ぼくを襲った。
大正ロマンの部屋が急速に遠ざかっていく。
「いい? ヒバリ。私は味方よ。私を──私だけを、信じてちょうだい」
そうささやくメイズさんの声が、闇に溶けて──。
真っ暗な場所に放りこまれたみたいに、ぼくはなにもわからなくなった。
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