第二十四話 『初の時限式緊急依頼(クエスト)』

急いで宿屋へと向かっていく

入り口の扉は開けっぱなしになっていた、

階段の上からイグニの怒声が聞こえると同時に大きな音がした。

「何が起こってるの!?」

階段を一段飛ばししながら上るとイグニがオルシアの寝ているはずの部屋に飛び込むところにかち合った。

「イグニ!」

部屋の中から煙幕が広がる、前が見えない。

転びそうになるがイグニに受け止められた。

「大丈夫ですか、カリス殿」

「だ、大丈夫……何が……」

晴れていく煙幕の中浮かび上がるイグニを見上げながら問いかけようとしたところで、部屋の惨状に気付く。

ベッドに鞘を抱き抱えながらも頭から流れる血でベッドと服を濡らしていたのが見え、駆け寄る。

「オルシア!いったい、何が」

「吾も先ほど不審な物音で起きまして、入った時はもうこのように。」

イグニは歯を食いしばりながらも窓の外を見る、恐らくこの窓から飛び降りたのだろう。

だがいくら満月の下とはいえ、もうその賊の姿はみえない。

「……もう見えませんな、吾がついていながらこの失態……」

「……ぁ」

「オルシア?オルシア!」

微かな声が聞こえて、オルシアの方に目を向ける。

頭から流れる血とアザで腫れた顔はあまりにも痛々しい。

「……よか、った、カリス様」

「喋らないで、すぐに、どこへ、どこへ連れて行けば」

「落ち着きなされカリス殿、すぐに神殿へと連れていきましょう。」

「う、うん。」

「カリ、ス様……」

「オルシア?今から神殿へ連れていくから」

だから喋らないでと言おうとすると鞘を差し出される、それはオルシアに預けた聖剣を納刀した鞘だった。

しかし、鞘だけで剣本体は喪失していた。

「……ごめん、なさい、カリス様……でも、これ、だけは、まもり、ました」

「……おるしあ……ごめん……」

震える手で差し出された鞘を受け取る。

聖剣自体は奪われても鞘だけでもと握りしめていたオルシアの温もりが伝わる。

預けなければこんな事は起こらなかったのでは無いか、そんな思いが胸中に渦巻く。

「かり、す様……どうか」

オルシアが何かを言おうとしたがそのまま瞼が閉じられる。

「いかん、急ぎますぞカリス殿!」

「……!うん」

イグニの声で我に返り、聖剣の鞘を背中に叩き込んで、オルシアを横抱きに抱き抱え、宿屋を飛び出した。


立派な構えをした神殿に飛び込むと、神官長という方が僕達の様子を見てただ事では無いと判断してくれてすぐに療養のための部屋の台に運ばれた。

「癒しの水薬を持ってきなさい!癒しの神聖魔法もです!」

「癒しの神聖魔法行けます!!」

「水薬の在庫もあと少しです!」

神官達が大忙しで道具を持ってきてはオルシアの周りに集まり、血を拭い、癒しの魔法をかけては癒しの水薬をかけたりと治療するのを見て、僕は何も出来ないのが歯痒かった。

……僕のこの手が癒しの手としてオルシアを治せたら……

神官長によって別室で待機するようにと言われたのでそのまま神へオルシアが無事であるように祈る。


気づけばもう朝日の光が神殿に差し込んでいた。

そこに、神官長が疲弊した様子でやってきたのでオルシアの様子を聞く。

「峠は乗り越えましたがひとつ問題が……」

「何かありましたか?」

「傷ひとつ残らず癒したのですが、昏睡状態になって目覚めないのです。」

「そんな……」

「何があったのか伺ってもよろしいですか?ワタクシとしてもあそこまで全身を痛めつけられた痕跡があると疑わしい。」

神官長の疑わしそうな目が僕達を見据える。

「深夜に、その、怪しい人がいたから追いかけたら……」

「吾は不審な物音で起きたら既に」

困惑しながらも本当の事を言う、神官長は深く祈るように囁く。

「……そうでしたか、ですが、しばらくは彼女は安静にしなくてはなりません。」

「……わかりました、オルシアをお願いします」

悔しくて顔を伏せるとそこに慌ただしい足音が飛び込んできた。

「ここに妻が運び込まれてないか!」

現れたのは昨日の吟遊詩人の服装を纏っていた男だった、後ろにはエルフのアフェクさんがいた、あの人が連れてきたのだろうか?

神官長がその男に対応する。

「落ち着いてください、今臥せっている方もあります。」

「昨日の深夜から帰ってきてないんだ!」

深夜、そういえば昨日の深夜にあの吟遊詩人さんがいたような。

神官長はその妻の特徴をなんとか聞き出したが首を横に振る。

「昨日の深夜に運び込まれたのは神官の娘だけです、そのような方は運び込まれておりません。」

「そんな、俺があんな事言ったばかりに……」

崩れ落ちる男の様子をよそにアフェクさんは言う。

「朝にいきなりこの男が冒険者ギルドに飛び込んできたから、この神殿に案内した、貴方達は何でここに?」

アフェクさんに昨日の深夜に起こった出来事を告げると、眉をひそめて小声で何かを呟いた。

……こんな時、あの人ならどうするのだろう?いや、違う

「……僕たちに出来ることはありますか」

「カリス殿?」

「僕たちは、冒険者ですから」

その言葉に吟遊詩人の男はフードを目深に被ったままの僕に顔を上げて懇願する。

「妻を、生きたまま見つけてくれ、いくらでも払う!」

「わかりました、必ず見つけます。」

「……今回は私も協力させてもらうわ、冒険者ギルドにも緊急依頼クエストとして申請しておく。」

アフェクさんがそう言って協力してくれることになった。

冒険者としての初めての依頼は慌ただしいものになった。

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