第二話 『奴隷から聖騎士へ』

ふわふわとした大きなキノコの上で寝ている。

死んだ後の黄泉の世界ってこんな感じなのかな?

そうだとしたらとても優しくて心地いい世界だ。

柔らかい布が身体にかかっていて、背中に少しちくちくした感覚がある大きなキノコ……

地下世界スヴァルタルグラウンドでよくn……ん?あれ、故郷の地下世界のキノコってこんなにチクチクしてたっけ……?

死んだ後の世界ってこんなに感覚があるの?

それに、なにより……

「……ぁ、」

声が出る。かすれ切ってはいたがそれは紛れもなく僕の口から発せられたものだ。

意識が落ちる寸前に見たあれは幻覚ゆめじゃなかったのか?

目を開けると、茶色の板が打ち付けられた天井が目に入った。

四肢が重い、いや、それだけじゃない。

動くと全身に鈍痛が走る。

痛い……ということは、僕は……

「生きて、る……?」

腕を動かすとジャラリ、と鎖がこすれる音がして数秒、床へと落ちて大きな音を室内に響かせた。

奴隷の烙印が施された枷も四肢と首に存在しているのを金属の冷たさと重さで理解した。

身体を確認すると黒い肌に赤黒く滲んだ包帯が巻かれており、手当されている。

いつもはこんなふうに手当てされることはなく、怪我をしても放置されていたのに。

誰が手当てしてくれたんだろう、と不思議に思いつつも身体を起こそうとして藁のベッドから転げ落ちてしまう。

「っ、ぅ……痛い、これは間違いなく現実……」

転げ落ちたことでふわふわとした毛布……恐らく羊の毛で作られたものだろう……が反対側に落ちていった。

ずるりと、動かしづらい身体に鞭打って這いずるようにして辺りを見回す。

今しがたまで寝ていた小さな藁のベッドと、木製の扉に水が張られた木桶、太陽の光を存分に取り込む窓があった。

外はもう朝なのだろう、部屋の中が太陽の光で明るく照らし出されている。

そして、木桶を覗き込むとそこには黒い髪に白銀の瞳、笹の葉のように長い耳に黒い肌、額に包帯を巻かれている頬がこけた僕の姿が水に反射して映し出されている。

ダークエルフのカリス・プレッジとしての僕はまだここに、現実に存在していた。

「生きてる……でも、ここは?あの森の中じゃ、ない」

「目覚められたようですね、良かった」

「ふぇ」

突然呼びかけられて振り返ると、タオルを抱えた神官服の少女が扉に手をかけて優しく微笑んでいた。

「えっと、きみ、あ、えっと、あなたは?」

「オルシアです、聖騎士パラディン様。」

「聖騎士?」

ベッド横の机にタオルを置いた少女の言葉に首を傾げ周りを見るが、僕とそのオルシアと名乗る少女しかいなかった。

「僕は、ただの奴隷ダークエルフだよ。聖騎士じゃ……」

「いいえ!聖騎士です!だって私は見ましたから!」

僕の言葉に被せるように言うオルシアに硬直する。

「み、見たって?」

「はい!聖騎士様の投げられた剣が金色の光を帯びて悪霊レイスを差し貫いて浄化させたのをこの目でしっかり!!あのような奇跡は聖騎士様にしかできません!!」

「で、でも確か神官プリーストとかもできるって聞いたことが」

「低脅威度の相手ならいざ知らず、魔導士ウィザード悪霊レイスなんて相当の実力者でもなければ相手にさえできません!」

物理攻撃は無効化するスピリット系の魔物モンスターを一撃で倒すなんてまさに聖騎士様にしかできません!と迫りながら豪語するオルシアの様子に気圧される。

「そ、そうなんだ、です、ね?アンデッドじゃなくてスピリット系なんだ、あれ」

「よくある間違いですね!肉体はアンデッド系、精神はスピリット系と分けると更に分かりやすいですよ!!」

アンデッドやスピリット系の違いに魔物と化す仕組みの考察などを父から聞いた話として語るオルシアはとても楽しそうだ。

しかし、そろそろ僕は色々知りたいこともあったので途中で中断させる。

「えっと、オルシア……様」

「様付けなんてあまりにも他人行儀です!呼び捨てでお願いします、聖騎士様!!」

「え、えっと、なら……せめて僕も名前で呼んでくれる、かな?」

「そんな、聖騎士様を名前でなんて!」

「んー……あ、なら様付けはしないからキミも僕を名前で呼んでくれたら聖騎士パラディンとしてはとても嬉しいんだけど……いいかな?」

「そんな、光栄です!では、えっと」

「カリス、カリス・プレッジだよ。オルシア」

「はい!オルシアです、カリス様!」

「そっちかー」

名前で呼んでと言ったら今度は名前に様付けをするオルシアの様子に困惑する。

でも、楽しそうに身体全体で喜びを表現するオルシアの様子に胸が暖かくなるのを感じた。

「あ、そうだお腹空いてませんか?お父さまがカリス様にお会いしたいそうです!」

「え?お父さん?」

そういえばここが何処かとかまだ色々知りたいことがあったのを思い出して、僕の腕に自分の腕を絡めてくるオルシアに頷く。

僕よりも背の高いオルシアに少し複雑な心境はあるけどおとなしく腕を引っ張られるようにしながら移動する事にした。

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