第四十四話 『聖騎士の誓い』
散らばったファトゥスの道具をオルキッソはかき集める。
「アフェク殿、それをどうするので?」
「証拠品として衛兵に渡す」
「あのゲスを追いかけなくとも良いので?」
「もう指名手配もされてるでしょうし、街に戻れば衛兵が捕まえてる。」
「それも、そうですな。」
「気になる事もあるけど」
「気になる事?」
「あの緊急転移の
落ちていた巻物のひとつを広げながらオルキッソは眉を顰める。
「それならば購入したのでは?冒険者ならばその伝手ぐらいはあるでしょうや。」
「これひとつで数十万の金貨」
「高いですな!?」
「そんなに高いの?」
「高いですぞ!?」
価値がよくわからなくて聞いたら高いと返された。
お金は殆ど見たことも使ったことも無い、というよりアフマクやあの村でも僕自身ではなく他の人がしていたからなのもあった。
お金の価値はどれほどのものなのかはまだよくわからなかった。
「それだけのものをあの冒険者は持っていた、後ろに誰かがいるのは間違いない。」
「ううむ、ではこういう事ですかな?あのゲスは後ろに誰かがいてそれが支援をしている黒幕がいると。」
「そうね、カリス、貴方は思い出したくないでしょうけど、どうだったの?」
「……少なくとも、アレを持っていたとは思えない。あるならアイツらはすぐにでも売っぱらったと思う。」
ファトゥス達はどう使ってたのかは知らないけど、あのファトゥス達は街や村で豪遊をしていたようだ。
何故なら馬小屋もしくは放棄された小屋に来るファトゥス達からはいつもよくわからない臭いをさせていたからだ。
更にはこれ見よがしに高級食材とやらを見せびらかしてきたり、異様に上機嫌だったりしていた。
その食材を使って野営で料理をさせられた事もあったが僕に渡るのは全て腐り切ったものやネズミの死骸、そこらの泥水だったのだからこれでよく生き延びれたと自分でも思う。
「……この緊急転移の魔法、私の精霊魔法に組み込んで新たな術式として精霊に頼み込めば使えるかもしれない」
「できるの?」
「やってみないとわからない、けど時間はかかる。」
「精霊さんの魔法ってそんな事も出来るんだ、すごい!」
そう言うとオルキッソは目を丸くして僕の顔を見つめてふ、と微笑んだ。
初めてオルキッソが笑ったように見えた。
「ええ、私はこれを何とかしてみるから貴方は貴方のなすべき事をしなさい。」
「では吾は寝かせているあの者を連れておきましょう、簡単な応急処置は済んでおられるのでしょう?」
「済んでるわ、後はよろしく」
「お任せを」
オルキッソはそれらの荷物を纏めて新しい袋に詰め込んで隅に移動して巻物を解析し始め、イグニは僕たちがきた方へと戻っていく。
そんな時、空気が澄んでいき月光に照らし出された神殿の最奥に光が集まり人の形を作る。
神秘的なまでなその人の形にフラフラとした足取りで近づいていくと、それは更に大きくなり笹の葉のようの耳の女性の人の形になっていく。
白銀の光に包まれた身体の曲線は女性であると表しており、その顔からは子供へと向ける母親の視線にも似ており、地下世界にいる母を思い浮かべた。
だが、目の前のその人は月の光を基に降臨した月の女神であると如実に語っていた。
【カリス・プレッジ】
鈴のように涼やかで凛とした声が響く。
背中の剣を鞘ごと引き抜いて傍に置き、片膝をついて跪き、頭を下げる。
月の女神様を模った神像に幼い頃からずっと祈り続けていたから、いやそうでなくともこの方が女神であると理解しただろう。
緊張で胸が熱くなり、女神の声で鼓動が早くなるのを感じる。
今、全てのエルフ達の母にして月の女神の前に僕はいるという事実が心を昂らさせる。
【貴方のこれまでの旅路、我々は見守っていました。信仰を保ち、どのような責め苦にも屈さずここまできましたね。】
「はい」
【どのような状況であろうとも決して考える事をやめず、友を生かす為に自らを差し出す献身】
【どのように不利な状況だろうと機転を利かせ導くその叡智、そして何より数百年彷徨い続けた者の罪をそそぎ、赦した慈悲深さ】
【我々は貴方を誇りに思う。】
「ありがとう、ございます」
選定の騎士にも言われた通りずっと見守られていたその事実、信仰心と活躍が認められた事に嬉しくなる。
【聖剣を】
「はい」
傍に置いた聖剣を鞘ごと恭しく両手で差し出す。
それを受け取った女神様は抜いて肩に刃を当てる。
【これより、貴方は幾つかの誓いを立て聖騎士となる。】
【絶望の闇に惑う者達の先頭に立ち、希望の灯となりなさい】
【より巨大な悪を断罪し、民を救う存在となりなさい】
ツラツラと続く連なる聖騎士の誓いを胸に刻みこんでいく。
そして最後に女神は告げる
【これらの誓いを胸に、聖騎士となる事を誓うか】
「……誓います」
聖剣の刃で肩を軽く叩き、女神は剣を鞘にしまって差し出した。
【これより貴方は聖騎士となりて、その御手で人を癒し救いなさい。この剣と共に混沌へ立ち向かいなさい。】
剣を受け取りながら頷き、長剣と共に背中に差した。
【貴方の旅路に祝福を】
女神の声が遠くなると共に場に満ちていた神秘的な魔力が消えたのを感じた。
暫くそのまま跪いたままで祈りを捧げていたが、オルキッソに声をかけられて顔を上げるともういない事に気付いた。
「終わったようね。」
声の方に向けばオルキッソが静かに佇んでいた。
「うん、女神様に認められたよ」
「そう、祈り続けていたようだからまだ時間かかるのかと思ったけれど」
「え、どのくらい経ってたの?」
「小休憩には充分なくらい」
「つまりは2時間ほどと言ったところでしょうかな」
背中に大きな布を幾重にも重ねて紐で括り付けたイグニがそう言いながら来る。
背中にある布はおそらくあの吟遊詩人さんがしっかりと安静にできるように巻かれてるのだろう。
「そんなに経ってたんだ、早く戻らないといけないよね、ファトゥスも追いかけないといけないし……オルシアも迎えに行かないと。」
そういえば精霊魔法の術式に組み込むと言っていたのはできたのだろうか?
「コチラも幾つか条件付きだけど使えるようになったから行くわよ。」
「条件、どんな?」
聞くとオルキッソは地下通路の出入り口へと僕らを連れていく。
そこで杖を取り出し石突の部分を水に浸し唱えた。
「《
膨大な魔力と共に水が盛り上がり巨大な渦になったかと思うと次第に鏡の鏡面のような滑らかな表面になった。
その表面にはわずかながら何処かの風景を映し出してるように見えた。
「水が豊富であること、行く先をしっかりとイメージできてること、あと魔力を2回分と言ったところかしら、それを大量に浪費する事ね。」
軽く説明したオルキッソの表情は涼しげでまるでできて当然と言ったような様子だが、疲れが溜まってるようにも見えた。
「では、行きましょうや。これで冒険は終わりですな。」
「ほら行きなさい」
「……オルキッソ、あまり無理はしすぎないでね?」
「……大丈夫よ」
「……そうは見えないけど」
おそらくこの精霊魔法、精神にも多大な負担を術者に強いてるのかもしれない。イメージした先へと飛ばすにも精神集中が必要なのだろうが、大丈夫だからと言い張るオルキッソに少し不満そうにしながらも、先を行くように促されて僕達は水鏡を通り抜けた。
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