第十話『聖騎士の試練:選定の騎士』

血が溢れるお腹を抑えながら座り込む。

「 カリス様!お怪我を!」

オルシアが慌てて駆け寄り、僕の傷を診るために服を破く。

5本の指で貫かれたお腹からの出血はもう止まっていた。何か毒をとか言っていたけどどうやら効果を失ったようだ。

「痛……包帯とか、ない?」

顔を青ざめるオルシアを安心させようと僕は笑顔でそう聞いたら、オルシアは雑嚢袋から薬草を練り込んだ包帯を取り出して僕のお腹を強く巻き付けて固定した。

「ふう、ありがとうオルシア」

「本当に、大丈夫ですか?」

「うん、それに……誰かがいるみたいだし」

オルシアの後ろにある石棺は開いていた。その石棺で立ち上がったのは白銀の鎧甲冑を着込んだ騎士で、手には黄金色の光を纏う長剣が握られており、目の前で柄頭の上に両手を乗せ、僕たちを睥睨する。

「誰、ですか?」

『我々は神の使者にして先代の聖騎士パラディン達である。』

「聖騎士様、達?」

『肯定、信仰の意志、強靭なる者、高潔なる者、我々は現在の聖騎士を選定する者。』

「聖騎士を選定……」

この声、何処かで聞いたような気がする、どこだったか。

その聖騎士は僕を真っ直ぐに見つめて白銀の籠手に包まれた手を差し出してくるが、そこに無遠慮な声が差し込まれる。

「おい!なんでお前のような穢れた妖精デルヴがいる!ここは俺の、ファトゥス様の為の選定の場所だろう!」

「そうですわ!!奴隷風情が調子に乗らないでくださいまし!!」

非難轟々と罵声を浴びせて来たのは先ほどまで気絶していたはずの元主人の冒険者だ。

「……もしかして、逃げ出したという姉弟子様ですか?」

「う」

それを聞いてもしかして司祭様の甘やかす云々はあのアフマクの事だったのではないかと推察した。

司祭様も苦労してたんだなぁ……

ファトゥスは騎士の前に立ち主張する

「神の騎士!俺がその聖騎士だ!俺を認めろ!」

白銀の聖騎士は一向にファトゥスの方を見ないで僕を見つめ続けているのに苛立ったのか、言葉を荒げる。

「聞いてるのか!あんな奴隷の穢れた妖精デルヴ風情を見るな!俺を見ろ!!」

『黙れ、冒涜者。我々は既に選定している。』

一言でバッサリと断ち切り、言葉を続ける。

『カリス・プレッジ』

「は、はい』

『我々は貴殿が生まれし時より見守って来た。』

その言葉に目を丸くして見つめる。

静かにただ優しい声色はゆっくりと確実に胸に染み込んで温かくさせる。

『どのような時であろうとも、貴殿は信仰を捨てなかった。』

『親族の為に自ら陽の光の下に這い出て、尽力する献身』

『貴殿を救おうと必死に戦い抜いて、窮地に陥りしその友を救う為に自らの身を捧げ護った強靭なる覚悟』

『人々の紡ぐ物語、詩に心を震わせ共感する慈愛』

『どのような目に遭おうとも友を想い続け、神々への信仰を捨てずにいた高潔なる精神』

『そして今回、我々を封印せしめ、この地を闇に包もうとした死霊魔術師を討ち倒し、その闇を祓ったその気高き意志』

『我々は貴殿を、闇を祓う新たなる聖騎士パラディンとして認める。』

「……ぁり、がとう、ございます」

ずっと、苦しくても、きっといつしか神様に届くと信じて祈り続け、生きてきた今までの時間の中でやっと認められた。

神様達に届いていて、尚且つ僕自身を評価してくれている。

それが、ようやく報われ、救われたのだと理解して胸が熱くなった。

『冒涜者、貴様らにはほとほと呆れている。』

「な、何をだ、アイツは奴隷のしかもダークエルフだぞ!俺たちは悪くない!」

『貴様は、全てカリスに押し付け、時には馬小屋に繋ぎ、時には囮にして時には食事さえもさせず、あまつさえ自らの私利私欲の為に犠牲にしようとした』

「な、なんでそれを」

『そして何より、穢れた妖精デルヴなどという馬鹿馬鹿しい戯言で迫害し、あまつさえ殺そうとするなど、恥を知るがいい』

柄頭を握る手が強くなる、怒りに打ち震えているのだ。

『貴様のような冒涜者はこの場に相応しくない。去れ。』

流石に淡々と紡がれる白銀の騎士の言葉の端々に怒りが滲んでいた。

そこまで言って息を深く吐いて此方に向き直り手を差し出して此方に来るようにと指示されたので向かう。

それでも彼らは食いついてくる。

「じ、じゃあ!俺たちの剣で簡単にアンデッド達を倒せてたのはなんだ!俺たちが選ばれたものだからだろ!」

『否定。貴様らはカリスの元主人であると同時にパーティとして認識されていた、故にそのおこぼれに預かっていただけだ。」

「なんでこんな穢らわしいエルフなんかに!コイツはただの奴隷ですわ!」

『その奴隷に寄りかかり搾取して都合が悪くなったら捨てる、そんな貴様らの行動のどこに正当性がある?』

そこまで言われて口をつぐんだ冒険者達を傍目に白銀の騎士に尋ねる。

「……騎士様、僕はどうすればいいですか?」

『この神殿はあくまでも聖騎士達の選定の場だ。この剣を授けよう。これを用いて誓いの神殿へ向かい聖騎士の誓いを立てよ。』

騎士は手に持っていた剣を恭しく横に持ち、僕の前に差し出す。

今持っている長剣よりも少し細身だが鞘全体にルーンが刻み込まれており、神聖な雰囲気を醸し出していた。

「っ、そいつをよこs!がっ!」

横からその剣を奪おうとするファトゥスの腹に鞘の先端がめり込み身体をくの字に折らせたあと顔に思いっきり鞘の側面を叩きつける!

そのままの勢いでファトゥスは後ろに吹っ飛びアフマクのそばにまでころげ落ちた。

打たれた鼻を押さえたファトゥスが憎悪に満ちた目で睨みつけてきたが、分が悪いと理解したのかアフマクと共に逃げ去る。

穢れた妖精デルヴ!絶対後悔させてやる!わかってるだろうな!!」

そんな捨て台詞を去り際に吐いたのを見て少し不安にはなるが少しスッキリした。

『その剣で殺す事も出来たはずだが?』

「感情のままに殺したらそれこそあの者達と同じになります。それに……殺すわけにはいかない理由もあります。」

『目先のそれに囚われず理性で判断した貴殿の判断を尊重しよう。』

「……ありがとうございます」

傅き騎士の手に握られていた長剣を恭しく受け取る。

鞘も含めての筈だが軽く感じる。

『この剣は歴代の聖騎士達と共に歩み、学びそして成長していく聖剣。今の貴殿と同じ程度に少しずつ共に成長する貴殿にしか扱えぬものだ、大事にせよ。』

「はい」

『それと、個人的な事だが……私の墓に祈ってくれてありがとう、カリス』

え?と顔を上げるともうそこにはあの騎士の姿はない。

「騎士様、行ってしまいました。」

「……まさか、あの石碑は」

前の部屋で見つけた沢山の石碑は歴代の聖騎士達の……

その事に気付き、最初に気絶する前に聞いた声と似ていた事を連鎖的に思い出した。

そうか、僕を呼んでいたのは……

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