第十九話 『英雄たちの詩』

「さっきはありがとう、イグニ」

「吾は仲間を侮辱されたから、譴責けんせきをしただけですぞ」

「でもすごい怖かったです。」

「ああいう輩は、あのくらいが一番だと父に教わりましたからな」

「イグニのお父さんってどれくらい怖いんだろう……」

先ほどまでのイグニの形相を考えると、竜の咆哮を間近で浴びせられるようなものなのかな?

……吟遊詩人の詩でしか聞いたことないけどすごそう。

「昔は咆哮ひとつで岩を吹き飛ばした、とも言っておられましたなぁ」

「それは流石に誇張しすぎじゃないですか?」

「はっはっは」

朗らかに笑うイグニは清々しそうで僕としても楽しくなる。

僕たちはギルドから離れてオルシアの案内を基に吟遊詩人たちのいる広場へと赴いていた。

ギルドの事はよそに置いといて、この街は沢山の人たちが集まっている。

魔法薬を売るエルフの店もあるしドワーフの鍛えた武具を取り扱う武具店もある、色とりどりのが多くて目移りする。

……ここでこの両手足の奴隷の枷外せる人も探してみよう。

神官服の袖に隠れてる枷に触れ、そう考えてるとオルシアの声で引き戻された

「着きました!ここがそうです!」

着いた広場にはたくさんの派手な服装をした人達が芸をしていたり、噴水の近くにはリュートを弾く吟遊詩人バードが多種族の人相手に物語を語っては金貨を貰っているのが見えた。

「行ってくる」

後ろで2人の声が聞こえたけど気にせずに吟遊詩人の人がいる噴水の方へと走る。

『──大いなる森の民、エルフの一矢は悪魔を撃ち落とす光の矢となりて、民に希望を示さん』

『──北方の魔狼は人の友を得て幾千の旅を経て、共に眠らん』

『──はるか東方の和の国の戦士はその手を血に染めて国を守りて刃を振るわん』

多種多様なあらゆる地方の英雄譚が複数の吟遊詩人達に歌われているのが聞こえた。

多少なりともおひれは付いてるかもだけど、僕にとっては未知の世界に想いを馳せる事ができる唯一のものだ。

人の波を何とかかき分けるようにして前へと出て華美な服装をした、魔狼の英雄譚を歌っていた吟遊詩人の前へと飛び出た。

「──これにて、北方の魔狼の英雄譚はこれにて閉幕とします、ご清聴ありがとうございます」

吟遊詩人の女性がお辞儀をすると拍手の波が広がり、前に置かれた更に金貨を何枚か投げ入れていく人がいた。

「さて、次は何の英雄譚にしましょうか、リクエストがありましたら聴きますよ?」

周りの人が口々にリクエストをしていくのを聞いていた吟遊詩人は僕に目を止める。

「恥ずかしがり屋なお嬢さんは何がいいかな?」

なんか聞き捨てにならないこと言われた気がする。

けど、今はそれは置いておこう。

「だ、ダークエルフの英雄譚なんかは」

「ほう、だいぶ古いものですが……いいでしょう、では」

語られるのは地下世界で生まれ落ちた双剣使いのダークエルフの物語、幼い頃に聞いたダークエルフの英雄譚と同じだが確かにそこにいたという証の詩だった。

仲間と共に苦しみ悩んで闇を切り開いて後のダークエルフ達にとって光になった英雄譚。


しばらく聞き入っていると気になる単語が入ってきた。

『──しかして彼は誓約の神殿にて正義を行う事を誓い、悠久の時を生き続けん。』

誓約の神殿!あの選定の神殿の騎士が言っていた誓いの神殿かもしれない!

まさかこういう形で知るなんて!

「──これにて、地の底より生まれ落ちたダークエルフの英雄譚はこれにて閉幕にございます。」

周りは拍手をして金貨を投げ入れる。

そうして周りの人達は談話しながら何処かへと消えていくが、吟遊詩人は僕がまだ残ってるのを見て尋ねた。

「どうかしまいましたか、お嬢さん?」

「誓約の神殿って、本当にあるの?」

「ええ、何を隠そう私もこの英雄譚をきっかけに知りましたから。」

吟遊詩人は投げ入れられた金貨を袋に詰め込みながら答えてくれた。

「何処にあるかわかります?」

「さて、細かな場所はわかりませんが……この地域の何処かにあるとは聞いた事はありますよ。」

「どこかに……誰か知ってる人とか」

「カリス様!」

そこにオルシアたちが駆け寄ってきた。

「もう終わったのでしたらそろそろお昼に」

「今それどころじゃ」

「まあまあ、そちらのお嬢さんも興味おありで?」

吟遊詩人は宥めるように言って袋を懐に入れる。

「なにをです?」

「お嬢さんにも言いましたが、誓約の神殿についてです、まあ私自身は知らないのですが」

「誓約の神殿!?気になります!」

「私自身は知りませんよ?ですが、そうですね……酒場や魔法ギルドに聞いてみてもよろしいかと?」

「素敵な英雄譚をありがとうございました。」

しっかりとお辞儀をして礼を言うとその吟遊詩人の女性は笑顔で手を振って去っていく。

「誓約の神殿とは、何かしら神に誓う事で何かしらの恩恵を受けたりそれを破ると罰されるといういわば誓約ゲッシュと呼ばれるものを与える神が祀られているものですな。」

「イグニは知ってるの?」

「吾としても話に聞いただけですが、しかしながらあるのならば行かない手はありませんな。」

「……そっか……でも、魔法ギルドと酒場……どこ?」

「ご案内します!カリス様!」

オルシアのやる気に満ちたそれに引っ張られるように頷く。

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