第33話 旧友

 夜も遅くなってきたので僕らは近くのカラオケボックスに移動した。これから作戦会議をしなくてはならない。


「いやーあったかいね部屋の中は。あ、なんか飲むかい? 注文するね」


 僕はカラオケに来るのは初めてで勝手が全く分からなかったが大槻さんは慣れているらしくテキパキと受付などを済ませてくれた。過去に戻ることができたら真由と来てみたいが、中学生だけでカラオケに行くことは確か校則で禁止されていたので真由は断るだろう。


「で、どうしようか?」


 大槻さんは訳が分からないことを言っている。一緒に事件を防ごうと言ったのは大槻さんのくせになぜ僕に尋ねるのか。


「どうしようってそれを教えてくれるんじゃないの」


 大槻さんはバツが悪そうに僕から目をそらし、苦笑いした。


「いやあ、突然この時代に来ちゃったわけだから何も準備してないんだよね。事件の様子とか犯人の名前や動機なんかは元の時代のニュースで見ただけだし。だから君を相棒にして協力をお願いしているんだよ。私一人じゃ行き詰まっちゃうから」


「僕の姉ちゃんの未来も君なら見えるんでしょ? だったらそれで」


「周りがパニックになって将棋倒しに巻き込まれる所しか見えないよ。犯人にはたどり着けない」


 僕は頭を抱えてしまった。大槻さんは苦し紛れにニコニコしていて、笑ったときの目の感じが真由に似ていて憎たらしい。


「あ、東京の大学に通っていたのはニュースで見たよ。事件の時点で三年生だから留年とかしてなければ今は二年生のはず。工学部だって言ってたかな。あの犯人ネットリテラシーってものが高くて写真とか見つけられないんだよね。それがあったら未来も過去も分かるのに」


 大槻さんは口をとんがらせて、ネットに実名や写真を上げていない犯人に文句を言った。真由だったらもうちょっと可愛らしく困るはずだ。


 事件を防ぐには犯人と接触して凶行に至った原因を取り除くのが一番確実だ。それができなければ力ずくで止める。力には自信がないがやるしかない。


「明日その大学に行こう。名前は川田って言ったよね。聞き込みしてうまく接触しよう」


「私はいいけど君は大丈夫? 東京なんて行ったら人だらけで勝手に未来が見えちゃってつらいんじゃない?」


 それは確かにそうだが弱音は吐けない。姉を救い、自分を救い、皆を救い、真由を救う。そのためなら死ぬこと以外は屁でもない。


「我慢するよ」


 連絡先を交換し、翌日駅で待ち合わせの約束をして僕らは別れた。別れる直前に大槻さんはせっかくだからと言って、子供のころ好きだったアニメの主題歌を三曲ほど歌って聞かせてくれた。それが上手なのか下手なのかは判断できるほどの知識はなかったが、少し楽しい気持ちになったのは確かだった。


 翌日、大槻さんは十五分遅刻してきた。真由なら絶対になかったことだ。薄水色の厚く大きなコートを着ていて服装は詳しくは見えないが、昨日は運動靴とでも言うべき適当なスニーカーだったくせに今日はおしゃれなロングブーツを履いていて、化粧も昨日よりしっかり決めている。髪も昨日より艶っぽく見えて、そのせいで遅れたのだと察する。


「僕らは遊びに行くんじゃなくて調査をしに行くんだよ。そんなおしゃれなんかして」


「まあいいじゃない。君も可愛い女の子が隣にいたほうがやる気出るでしょ? それとも魔法少女のコスプレの方がよかった?」


「いや、それはさすがに勘弁して。僕が恥ずかしい」


 新幹線に乗って一時間半ほどで東京に到着した。山手線というものに乗って目的の大学の最寄り駅まで行く予定だが乗り場が全く見当たらない。想像以上の人の多さで僕は顔を合わせないように、うつむきながら、僕より十五センチくらい身長が低い大槻さんの背中に隠れながら駅の中をさまよった。


 事前の調べによると午前十時には大学の最寄り駅に到着できる予定だったが、すでに十二時近くになっていた。


「東京舐めてたね。私たち」


「うん」


 すっかり憔悴してしまった僕らは大学の構内にあり、学生以外でも利用できるカフェで一休みすることにした。大槻さんは僕が壁の方を向いて大槻さん以外の人の顔を見なくて済むようにうまく角の席を選んでくれた。


「望君大丈夫? 疲れてない?」


「うん。大学の中は思ったより人が少ないから」


「長期休みなんだろうね。私の所もそうだし。だいたい三月いっぱいまで休みじゃないかな」


「え、大槻さんて大学生だったの?」


「まあね。一応地元の大学。ここよりは全然レベル低いけど」


 大学のこととか、最近見たアニメとか他愛もない話をしてしばらくが過ぎた。そろそろ大学で川田についての聞き込みを始めようかと思ったとき、意外な人物に声をかけられた。


「あのー間違ってたら申し訳ないんですけど、安積望君ですか?」


 いきなり真後ろから自分の名前を呼ばれびくりとしたが、未来を見てしまわないように気合を入れて慎重に振り返る。小学校卒業を機に東京に引っ越してしまった海老根えびね拓哉が立っていた。


 黒縁の眼鏡をかけ、無造作風にセットされた黒髪、派手さはないが上品に白と黒でまとめられた服、よくいる大学生っぽく見えながらもお金持ちの余裕を感じさせる。


「久しぶりだなー。一月の成人式にはいなかったし他の奴に聞いても皆渋い顔して何してるか教えてくれなかったから気になってたんだよ。今何してんの? そっちの子は彼女?」


 拓哉は昔からフレンドリーで人見知りの僕でもとっつきやすかった。そのフレンドリーさが今は僕の中の痛い所を突っつく。拓哉は僕の右隣に座って返答を待った。


「今は特に何もせず地元で引きこもってて、拓哉はこの大学に通ってるの?」


「ああ、法学部。それより引きこもりって何かあったのか?」


 色々ありすぎて説明しづらい。僕が言い淀んでいると大槻さんが「私が言おうか?」と助け船を出してくれたのでうなずいた。


「まず残念ながら私は望君の彼女ではありません。どんな関係かと聞かれると彼女のいとこで、相棒です」


 間違ってはいないが初対面の人にするような答えではない。拓哉は地元で引きこもっているのに何で彼女のいとこと二人で東京に来ているんだと言いたそうな顔をしている。


「そして望君が引きこもった理由は」


 大槻さんは少し考えて、真面目なトーンで話を再開する。


「法学部なら知っていたりするかな。六年半くらい前に起きた飲酒運転のさらなる厳罰化や高齢者の運転免許返納の義務付けなんかの議論を巻き起こした交通死亡事故」


「ああ覚えてるよ。小学校まで住んでた所と近い場所で起きた事故だったし、亡くなった被害者が同い年で、確か、望たちが通ってる中学校の、生徒で」


 話しながら拓哉は察したようだ。


「うん。その事故で亡くなったのが私のいとこで望君の彼女だった女の子。そのショックで望君は外に出なくなった」 


 拓哉は申し訳なさそうな顔で僕の左肩に手をまわす。


「ごめん望。軽率に聞きすぎた」


 僕が気にしないでというと大槻さんは話を続けた。


「私は乗り越えたけど、望君はその子のことがほんとに好きだったから。少しでも立ち直らせるために今日はここに連れてきたんだ。君は誰かと待ち合わせ?」


「あ、ああ。彼女がこれから来る」


「邪魔しちゃ悪いし私たちはそろそろ行こうか」


 大槻さんが席を立とうとするが僕はまだ拓哉と話したいことがあった。まだここに来た目的を話していない。拓哉がこの大学の学生であるなら協力してもらえるかもしれない。


「待って大槻さん。拓哉にお願いがあるんだ」


 拓哉は目を丸くして僕の方を見たが、すぐに気のいい笑顔になった。


「いいよ。俺にできることなら何でも言ってくれ」


 僕の暗い記憶を掘り起こしてしまったことへの贖罪もあったかもしれないが、拓哉はもともと人の頼みを断らない性格だった。小学四年生のときの担任だった美奈子先生の結婚式でプレゼントに美奈子先生が好きだった漫画の作者からサインとメッセージを渡したいなどという無茶ぶりに対して父親にお願いして色々なコネを使ってもらってきてくれたのも拓哉だった。


 僕は川田光利という男を探すことを依頼した。 


 拓哉と別れて大学の構内を大槻さんと二人でうろつく。人影はまばらで聞き込みをしても成果の期待は薄そうだ。


「盲点だったよ誰かに頼るってのは。私の話を信用してくれるのは同じ力を持つ君だけかと思ってた。でも君は詳細を話さずお願いして君の友達もそれで了承して、良い友達だね」


「まあ会えたのは偶然だけどね。でもこれでこの大学から川田を探す効率はグッと良くなった。拓哉が大学の知り合いに聞いて定期的に報告してくれるから、僕らはもう聞き込みなんてしなくてもいいくらいだけど、これからどうする?」


「そうだね、一応工学部に行ってみようか」


 工学部棟に行ってみても外には人がほとんどおらず、中には忙しそうに動き回る人たちが見えるものの中に入ることまではできず、僕らは大学の正門付近まで戻ってきた。


「さて、ほんとにどうしようか。もうやれること思いつかないよ。ん、何か調べてるの?」


 僕は自分のスマートフォンで安原やすはら幸一と検索した。大槻さんの話では幸一は大学生でインフルエンサーになっていたはずだ。流行の中心である東京に住んでいる可能性が高い。


 案の定幸一のSNSのアカウントがヒットした。たくさんのフォロワーが付いている人気者のようだが僕の興味はそこではなくプロフィールだ。当然詳しい住所は書いてあるはずもないが東京在住ということだけは確認できた。


「君の友達の幸一君? 彼に会いに行くの?」


 拓哉と再会して思った。僕は友達が少ないけれど、信頼し合っていた友達がちゃんといて、頼ることができるのだと。六年半も友達との付き合いすら拒絶していたことがどんなに愚かなことだったかということを。八年ぶりに会った拓哉があの頃と何も変わらず接してくれたことで少しだけ心に空いた穴が埋まった気がした。


 東京に住んでいることを確認した後幸一に電話をかけた。六年半ぶりのことで幸一は驚いていたが、喜んでくれた。今まで顔も見せず連絡も無視していたことを詫びると、快く許してくれた。それだけで僕は涙を流してしまい、そばにいた大槻さんに心配された。

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