第32話 希望

「どうする? 望君。私と一緒に皆を助ける? それともこのまま何もせずに死ぬ?」


 助けるしか選択肢はない。皆が苦しむのを分かっていながら何もしないではいられない。


 でも自信がない。未来を見る力を持っていながら真由を救えなかった。余計なことをして事故を起こす原因を放置してしまった。人を助けるということが怖い。助けた結果別の何かを傷つけてしまうのではないかという不安が心を支配する。そんな気持ちを大槻さんに吐露した。


「君の話を聞く限り真由ちゃんが事故に遭ったのは君のせいじゃない。だってこのスーパーでおじいさんを助ける前に、葵さんの未来の中でお葬式が見えたんでしょう? ということは君がお爺さんを助けても無視してもどちらにせよ真由ちゃんは事故に遭っていたんだ」


「で、でも初めて真由の未来を見たとき事故の未来は見えなかった。僕たちと楽しそうにおしゃべりしていて、僕がおじいさんを助けたから未来が変わったんじゃないの?」


「真由ちゃんにとって、君と仲良くなれたことは事故に遭うことよりもずっと衝撃的な出来事だったんだよ。きっとそのときに君を意識し始めたんだろうね」


「き、君に真由の何が分かるんだ。少し僕の話を聞いただけで」


 真由のことを分かったように言われることに腹が立った。大槻さんのように考えれば辻褄が合うことは分かっていても真由の気持ちを勝手に代弁して欲しくはない。


「分かるよそりゃ。私は真由ちゃんのいとこで、ずっと連絡を取り合っていて、君の十倍以上真由ちゃんと付き合いがあるんだから。よく言われていたよ目が似てるって。それ以外はあんまり似てないけどね」

 

 大槻さんは声を荒らげた僕とは対照的に、冷静に平然と言った。大槻さんの父親の妹が真由の母親で、父親は大槻家に婿に入っていたらしい。


「いきなり色んな話を聞かされて戸惑うのも分かる。いくら自分と同じ力を持っているからって昨日会ったばかりの人と協力して皆を救いましょうだなんて無理だよね」


 大槻さんは設置したテーブルや看板を片付け始めた。


「スーパーの倉庫に置かせてもらっているんだ。さあ、行こう」


 片付けを終えた大槻さんは僕の手を引っ張る。


「行こうって、どこに?」


「遊びに行くんだよ。昔の君じゃなくて今の君のことを教えて。私のことも知って欲しい」


「どうしてそんなことを……」


「皆を救うために、私たちは相棒になるんだ。お互いのことをもっと知らないとね。コミュニケーションが大切って誰かに教わらなかった?」


 いつか姉が言っていた。覚えている。その辺りから少しずつ頑張り始めた気がする。


 大槻さんは真由とは違う。真由より活発で、積極的で、よくしゃべる。でもいとこだと思うと余計に真由の面影を探してしまう。目以外にも髪の質感とか、手の指の形とか、肌の色とか似ている所を探して真由との記憶を思い出す。


「どこに行くの?」


「まあいいからついてきてよ」


 大槻さんはどこに行くか教えてくれないままどんどん歩き続けたが、行き先は決めているようで迷いはない。占い師というか予言者の格好のまま歩いているからものすごく目立つ。 


「そのローブいつまで着てるの?」


「ああ、この中裸だから脱げないんだ。見たい?」


 いたずらっぽく笑って着ているローブに手をかけて脱ごうとする。からかっているのだろうけど中に服を着ているのは見えているので何の感情も湧かない。真由ならこんなことはしないだろうなと思い、無表情で、無言でいると大槻さんはからかうのを諦めたようだ。


「冗談だよ。中に普通にあったかい服を着てる。でもこれ着てるともっとあったかいんだ」


「寒がりなの?」


「うん。真由ちゃんと同じ」


 真由は夏でも薄桃色のカーディガンをいつも羽織っていた。エアコンの風が苦手だと言っていたし、冬はそれはもうブクブクと着こんでいて一回りくらい太って見えたのが可愛かった。


 大槻さんが足を止めたのは映画館だった。中学生の頃真由と一緒に来たことがある。


「何か見たいのがあるの?」


「うん。これ」


 これ。と言って大槻さんは来ているローブをはためかせた。よく見てみるとどこかで見たことがあるようなデザインをしていた。


「魔法騎士クロスに出てくる仲間の魔法少女のローブ。そう言えば昨日被っていた帽子も」


「その通り。私小さいときにあのアニメが好きでね。最近復刻して映画になってたから見たかったんだよね」


 コスプレをしながらその映画を見る人も珍しく、スタッフには奇異な目で見られたが、平日の朝ということで他のお客さんはほとんどいなかった。ジュースを飲みながら、ポップコーンを食べながら子供みたいに映画を見る姿は、おとなしくじっと見ていた真由とは対照的だった。


 次は図書館に行った。大槻さんは真由と違って本を読むのは好きではないらしく、会話をしても良いスペースで先ほどの映画の感想をずっと語っていた。好きなものを楽しそうに語る姿はまるで真由のようで、僕はそれに相槌を打って、ただただ時間が流れた。


 次は電車に乗って一駅離れた有名な和菓子屋に行った。


「どれが好き?」


 そう聞かれて僕はみたらしとあんこの団子のセットを選んだ。中学一年生のときにホワイトデーに真由にあげた物だ。


「私はこれかな」


 大槻さんが選んだのはいちご大福。一度一緒に来たときに真由が選んだ物だ。 


「こういうのが好きなの?」


「うん。真由ちゃんも好きだったよね」


 次は僕らが通っていた中学校に行った。もちろん入ることはできなかったので外周を歩きながら真由のことを話した。文芸部での出来事を詳しく思い出して大槻さんに教えた。


 その後は三穂田さんの家がやっている定食屋に行った。さすがに僕は店内には入らなかったが大槻さんが一人で入って焼きそばをテイクアウトしてきた。花火大会のことを思い出す。


 大槻さんは僕に真由との思い出を辿らせようとしている。その中で僕から色々な言葉を引き出して、僕を理解しようとしている。真由との思い出に近づけば近づくほど楽しくなって、同時につらくなっていく。久しぶりに笑うこともあったし、涙を流すこともあった。


 夜の八時頃になって、これで最後と言って大槻さんが訪れたのは真由が眠るお墓だった。毎年真由の命日には来ているが、冬に来るのは初めてだった。


 いとこである大槻さんも何度も来たことがあるそうで、大槻さんは和菓子屋で買っていた団子をお墓の前に供えた。


「冬だから大丈夫だろうけど少ししたら回収するよ」


 僕らはお墓の前でしゃがんで手を合わせた。もう事故から六年と半年になる。ここに来るたびに僕はいつも涙を流して、救えなかったことを謝っていた。今日も同じように謝ろうかと思ったが大槻さんに止められた。


「今日一緒に色々遊んで、昔の君がどれだけ真由ちゃんのことが好きだったのか、今の君がどれだけ真由ちゃんのことを思っているのか分かったよ」


「僕の生きる理由はそれだけだから」


「君は真由ちゃんの言っていた通りの人だった。優しくて落ち着きがあって、話をちゃんと聞いてくれて、一緒にいて安心する。たった一日でそれが分かった。この時代に来て良かった」


「時代って、いったい何を言ってるの?」


「ドームでの事件の後君が死んで、君のお母さんが死んで片平家の当主がおかしくなった。分家を含めた片平の血を持つ人間があの山にある家に集められた。君が力を使って苦しんでいたことは知っていたから当主はもう力を持つものが生まれないよう片平の血自体を根絶することにしたんだ。家から出られないようにされて火をつけられた。力ずくで脱出したけれど、山にも火を放たれていて逃げ場はなかった。私にはもう選択肢が一つしか残されていなかった」


「それは、君が見た未来の話?」


「違う。私は火に包まれて死ぬ直前に、自分の過去に飛んだんだ。もっと昔に飛んだ方が色々準備はしやすかったんだけど私の力ではこの時代が限界だった」


「なんだよそれ。君は未来から来たって言うの? 未来から、過去である今に」


「うん。ドームでの事件を防いで君のお姉さんも、君も、私自身も救うためにこの時代に来た。本当はそれだけのつもりだったんだけど、今日君と過ごして気が変わった」


 大槻さんは立ち上がり、墓石を優しくなでた。


「私と協力してドームの事件を防いでくれたら過去に戻る方法を教えてあげる。真由ちゃんを救って君の人生をやり直すといい」


「やっぱり過去に行けるんだね! 教えて! どうやったら……」


 僕は衝動的に大槻さんの肩をつかみ必死の形相ですがっていた。過去に戻ってやり直したいといつも願っていた。そんな力を望んでいた。それが本当にあって、過去に戻れるのなら真由にまた会える。会って救うことができる。


「こらこら、落ち着きなよ。お墓で暴れるなんて罰当たりだな」


 大槻さんになだめられてお墓の前で正座させられてしまった。叱るときはしっかりと叱るのは真由に似ている。


「過去に戻る方法を教えるのはドームでの事件を防いだらって言ったでしょ」


 事件が起きる前に僕が過去に戻るのはどうかと聞いたら、僕が過去に戻った場合、今の僕がどんな扱いになるのか分からない。どんな影響があるか予想もつかないからダメだと言われた。 


 事件を防がないと皆死んでしまうのだからリスクを考えたら防いでから過去に戻った方がいい。また、過去に戻ったらもう一度この事件を防がなくてはいけなくなるが一度防いでいれば防ぎ方は分かっているはずだし、過去の大槻さんも事情を話せば協力するはずだ。真由がいればいとこの大槻さんと接触することも簡単だろう。


「ということで私たちは正式なパートナーだ。年明けにはチケットの当落の結果が出る。ライブは来年の三月一日。それまでに事件を防ぐんだ。よろしくね、相棒」


 大槻さんはにやりと笑って僕に右手を差し出した。僕は立ち上がりながら握り返す。真由を失った悲しみは決して癒えない。


 でも、闇しかなかった僕の未来に光が差した。

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