第3章 僕は決意する ニート編

第31話 未来

「君はそんな人生を歩んできたんだね」


 僕はスーパーで出会った怪しい予言者の女性にすべてを話した。何故話したのかというと彼女の未来を見ることができず、その上で未来が見えると言うのであれば僕と同じ力を持っているのだと確信したからだ。同じ力を持つ人ならば、僕の悲しみや苦しみを理解してくれると思った。


 そして彼女の目が真由にそっくりだったからだ。真由と似た人を目の前にするのはつらかったがそれ以上に話を聞いて欲しかった。


「聞いてくれてありがとうございます。少し楽になりました。それじゃあ」


 時刻はもう九時を過ぎていた。あまりに長い時間話を聞いてもらっていたので奮発して五千円札を置いて帰ろうとしたが予言者の女性は僕を引き留めた。


「まだ相談は終わってないよ。安積望君」


 真由とそっくりな垂れ気味の大きな目で僕を見つめる。帽子やマスクで隠れている部分が多いから本当に真由なのではないかと錯覚してしまうほど似ている。


「私は君を探していたんだ。君に会うためにここに来た」


「どういうこと?」


「君には立ち直ってもらいたいんだ。そしたら私は救われる」


「ごめんなさい。それは死ぬまでできそうもない」


 真由に似ているこの人といると辛くなる。一刻も早く離れたい。


「じゃあ、協力してくれたら何でも願いを一つ叶えてあげる」


「死んだ人を生き返らせたい」


「それは無理だよ。私は予言者だもの」


「じゃあ、過去に戻ってやり直したい」


「それはなかなかご機嫌な願いだね」


「できるの?」


「詳細を教えましょう」


 僕の言葉を無視して予言者は語り出した。


 名前は大槻未来おおつきみらいといい年齢は僕の一つ下。片平家の分家である大槻家の家系に生まれ僕と同じく未来を見る力を持っている。片平家は力を使わないようにしていたのに対し、大槻家は積極的に力を使い、人を助けているのだという。


 勝手に未来が見えてしまう僕の状態は鍛え方が足りないらしく、もっと力を使って鍛えればコントロールできるようになり、未来を見通せる範囲も広がるそうだ。ただしそれには大きな困難を乗り越える必要があり、大槻さんはそれを乗り越えたと言っていた。


「今日はもう遅い。また明日もここにいるから必ず来て。君のためでもある」


 そこまで話を聞いて大槻さんは去っていった。僕は閉店直前のスーパーで適当に夕食を調達して帰路についた。


 自室に戻って考える。大槻未来という名は初めて聞いたが似た名前なら知っている。僕は一冊の本を手元に持ってきた。中学生の頃僕と真由が読んで、真由が饒舌に本の内容を語る場面を初めて見るきっかけとなった本。


 中学校を卒業するときに司書の先生が届けてくれた。学校で買ったものじゃなくて個人的な付き合いでもらったものだから問題ないと言っていた。


 【予言】というタイトルで作者はフューチャー大槻。大槻さんの名前を英語にすれば同じになる。変えたい過去を持つ主人公がヒロインと出会って仲間と協力して困難を乗り越えて立ち直っていく。やがて主人公は変えたかった過去まで戻る力を手に入れて最後の選択をする。


 大槻さんは自分のことを予言者と言っていた。名前もタイトルもぴったりで、これが偶然とは思えなかった。


 次の日の朝九時、スーパーの開店時間と同時に僕も大槻さんもスーパーに来ていた。昨日と同じローブをまとっているが帽子とマスクはしていない。顔全体がはっきり見えると意外なことに真由とそこまで似ているわけではなかった。目だけがそっくりなのだ。


「やあ、やっぱり来てくれたね」


 大槻さんはそう言って昨日と同じ場所にテーブルや看板を設置し始める。


「今日は君の相談だけで終わっちゃいそうだけど一応ね」


「この本、知ってる?」 


 僕は【予言】の本を取り出して大槻さんに見せた。一瞬驚いたような表情を見せたがすぐに平静と取り戻し、僕からその本を受け取って表紙を見つめた後、中をぱらぱらとめくった。


「この本を読んだのなら話は早い。作者のフューチャー大槻は私の母親。私や君と同じ力を持っていた。タイトルの予言というのはその名の通り予言だ。この本の内容と同じような未来が見えたから本に書き記し、ある人に見せたくてある中学校に寄贈した」


「それが僕なの?」


「そう。主人公のモデルは君で見せたかったのも君。この本は君の未来を予言していたんだ。まあ、物語だからフィクションな部分はいっぱいあるけどね」


「主人公の変えたい過去はかつて失った大好きだった女の子を救うことで、でも過去に戻る能力はそこまで昔には戻れなくて、新しいヒロインと一緒に冒険をすることで強くなって、戻りたかった過去まで戻れる力を手に入れる。君が新しいヒロインだとしたら僕は」


 過去に戻る力を手に入れて真由を救えるかもしれない。


「どこまでが本当の予言か、どこからがフィクションかは分からない。ただ私の母親は君の運命を不憫に思ってこの本を書いた。普段は誰か一人のためにこんなことしないんだよ。どうしても君を救いたくて本に記したんだ」


「フィクションを混ぜずにそのまま書いてくれればよかったのに。というかそのお母さんに会いに行って詳しいことを聞けば」


「そのまま書いたらショッキング過ぎるんだよ、君の人生は。さっきも言ったけどただ一人の人間にここまで肩入れするのは大槻家の矜持きょうじにも反する。だからあくまで道しるべとしてこの本を書いたんだ。それにもう母親はいない。その本を書いた後、しばらくして病気でこの世を去った」


「じゃあ結局僕は何をすればいいの? これから何が起きるの?」


「同じ血を引く人間の未来は見えないというのは知っているね? でも私の母親はそのことわりを超えるほどの強い力をもって君の未来を見通した。私もその領域に達していて君の未来を見ることができる。それを今から話すよ」


 約一年後に人気アイドルグループ、クローバーがドームライブを行う。そのライブにてアルバイトのスタッフがステージに乱入し隠し持っていたナイフでクローバーのリーダーを襲撃する事件が発生する。


 犯人は乱入前に観客席に発炎筒を数本投げ込んでおり、火事だと勘違いした観客たちがパニックになり出口に一気に押し寄せ、大規模な将棋倒しが発生してしまう。


「犯人は大学三年生の川田光利かわたみつとし。まだ接触はできていない。動機は彼女がクローバーに夢中になって構ってくれなくなり最終的に別れることになったから。彼女が一番推していたリーダーを殺し、観客もパニックにさせて被害を出すことでクローバーというグループ自体を終わらせるつもりだったらしい。実際、リーダーは重傷、観客から死者が百人以上出た。なんせ五万人の観客がいたからね。そうとうな規模の事件だった」


「未来を見る力でそこまで調べられたんだ。すごいね」


 何が起きるかは分かっても人の名前とか動機まで調べるのは本人に接触しないと難しい。大槻さんはまるで見てきたかのように詳細を語っていて、どれだけの人の未来を見てきたのか想像もつかない。


「……まあね。続けるよ」


 このドームライブのチケットの抽選販売で僕の姉は奇跡的に当選し、ライブ当日にドームにいた。姉は将棋倒しに巻き込まれて命を落とす。


 姉の死で生きる意味を完全に失ってしまった僕は母の姉が身を投げたという片平家の所有する山にある滝から同じく身を投げて自ら命を絶つ。


 姉の葬儀で再開した三穂田さんは警察官になっており、巡回中にふらふらと山を歩く僕を見つけ、追いかけて、同行していた先輩の制止を振り切って滝つぼに落ちた僕を助けようとして殉職してしまう。


 ずっと姉の背中を追い続けて交際するまでに至っていた修一郎は鬱病になり大学もやめて引きこもることになる。


 プロサッカー選手になる夢を叶えた健太や大学生にしてインフルエンサーとして活躍していた幸一も姉の葬儀に参加していたことやその後すぐに自殺した僕と友人関係にあったことが世間に知られ、いわれもない噂を一部でたてられることになる。


 そして母も絶望して自ら命を絶つ。


 僕は絶句した。


 信じられないことに、狼狽えて後ずさりしてしまう。大槻さんの顔を見ても未来が見えないことが彼女が僕と同じ力を持っていてこの未来が嘘ではないことを僕に理解させる。

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