第30話 今に至るまで

 二年生最後の日、事故以来初めて健太が家に来た。


 僕の部屋の前に来てノックをした後、音や気配からしてドアを背にして座ったようだ。僕も横になっていたベッドから抜け出してドアを背にして座った。微かに健太がいる感覚が分かった。


「萌祢さんから聞いたよ。色々と」


 健太は僕の力を知っている数少ない人間のうちの一人だ。初めて能力を使った相手であり、命を救った相手。一緒に研究をして、使ってはならない、口外してはならないという約束を守ってくれていた。


「ごめん。僕は約束を破って力を使ってた。それなのに助けられなかった」


「色々考えたんだ。どんな言葉をかけてやればいいのか分からなくて。事故から半年もたつと並木さんを悼む気持ちってのが薄れる奴もいて、お前に頑張れって言ってこいとか忘れちまえばいいのにみたいなことを言う奴もいて、でも望はもう頑張ってるし、忘れることなんてできないんだよな。俺は並木さんとはクラスが同じになっただけで、望のついでにちょっとしゃべったことがあるくらいだったけど、望と仲が良いっていうだけで並木さんのことを忘れられなくて悲しくて、だから一番仲が良かったお前が一番悲しくて、忘れられるわけがないよな。だから、悲しくなくなるまで待ってるから。俺は俺で悲しいのを乗り越えて待ってるからさ、いつかまた、顔を合わせて会おうな。ずっと待ってる」


「……うん」


「あと一つだけ、俺は望の未来を見る力に救われた。俺にとってお前は誰よりもヒーローだよ」


 僕はこの力を使ってヒーローになりたかった。健太のヒーローにはなれたが真由のヒーローにはなれなかった。健太の言葉はありがたかったが、悲しくなくなることはない。


 三年生になっても同じような生活は続いた。真由の命日にお墓参りをしたのが唯一の外出だった。


 母や姉の勧めで登校しなくても良い通信制高校に進学することになった。何もかも忘れられる勉強は続けていて高校生でも在宅でできるバイトを見つけて働いた。勉強かバイトか、とにかく何かに集中していないと悲しみがあふれてきてしまう。眠ることさえ苦痛になるほどだった。


 一見すると勉強とバイトを頑張る模範的な通信制高校の生徒だったかもしれないが、外出を一切せず、決して他人と顔を合わせようとせず、ふとしたときに泣いている僕を母と姉はずっと心配していただろう。


 高校生になって一ヶ月ほどが過ぎた頃、母が倒れた。原因は過労と心理的ストレスと診断された。父が残した保険金などで生活はできていたものの、姉と僕を大学まで行かせるには足りず、姉が中学生になった頃から母は朝早くから夜遅くまで仕事をしていた。そこに僕がこんなことになってしまったことが加わり倒れてしまった。大事には至らなかったが今までのように長時間働くことはできなくなった。


 姉は大学進学を諦め、高卒で公務員の試験を受けることに決めた。姉は何も言わなかったけれど、僕が立ち直って大学に行きたいと言ったときのために決めたのだとすぐに分かった。


 姉は小学生の頃からいい大学に行くと言っていたのに、そのために進学校に行ったのに、高校生になった当初は小学校か中学校の先生になりたいと言っていたのに、真由の死から一歩も踏み出せない僕のために夢を諦めた。母の人生も姉の人生も僕が壊してしまった。


 僕は高校三年間で勉強をし続けて、姉が行きたいと言っていた難関国立大学も合格圏内に入るほどの学力を身につけた。でも大学でやりたいこともなかったし、行っても結局つらいだけだと思ったので卒業後は在宅バイトをしているだけの引きこもりのフリーターになった。高校生になって以降他の人たちのことは分からない。僕自身が知ることを拒否して皆を遠ざけた。 


 中学校のときの友達のことを考えると真由のことを思い出してつらくなるからだ。

高校卒業後丸一年引きこもり、二年目の八月に二十歳になった僕は家を出る決意をした。これ以上母や姉に迷惑をかけたくなかった。


 バイトでいくらか貯金はできたし二十歳になればもっと稼ぐ算段はあった。なるべく家から離れたかったがフリーターにも貸してくれる部屋がなかなか見つからず、結局家から近いアパートに住むことになった。


 お金を稼ぐのは簡単だった。競馬場や競艇場に行って適当な人の未来を見て順位を覚え、その通りに賭ければいい。しばらく引きこもって他人との接触を避けていたおかげで相当頑張れば勝手に未来を見てしまうことも少なくなって、何とか外出できるようにはなっていた。とりあえず三百万円程度稼いで行くのはやめた。


 生きる意味なんてとっくになくなっていたが、僕が死ぬと母と姉に余計に迷惑がかかる。細々と生きて真由を弔い続けることだけが僕の人生の目的で、そのためのお金さえあれば十分だった。


 高校を卒業すると勉強をすることがなくなっていた。お金を一気に稼ぐ手段ができるとバイトもやめた。そんな僕が新たに見つけた趣味がアニメや漫画を見ることだった。中学校や高校が舞台で青春している作品が好きだった。僕が手に入れることができなかった世界がそこにはあって、心の隙間が埋められていく気がした。


 その後真由がもういないことを思い出してつらくはなるけれど、また別の作品で上書きをする。それを繰り返し、今に至る。

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