第2章 僕は恋をする 中学生編
第7話 入学
小学校を卒業し、僕は中学生になった。未来を見る力を手に入れて三年も経つとうまい使い方も覚えてきて、スポーツの国際試合や入学式などの大きなイベントのときはあえて未来を見ないようにしていた。その方が展開や新たな出会いを新鮮な気持ちで楽しめる。
だから入学式で校長先生の話の後に在校生代表として生徒会長の姉が登壇したときは驚いた。入学式には新入生とその保護者のみの出席で、在校生は休みなのに、部活だからと僕よりもずいぶんと早く家を出ていたのはこのためだったようだ。生徒会長であることも僕には黙っていた。
このときの身長はぎりぎり百四十センチに届かないくらい。小学生の頃に比べればずいぶんと伸びたが、僕と一緒にいると必ず妹だと間違われる。それでも背筋をピンと伸ばして、堂々と歩くその姿は威厳があって、ちょっとかっこいいと思ってしまった。トレードマークのポニーテールも今日は少し低めだ。
壇上に立ち、礼をする姉。僕ら新入生も礼を返す。独特の緊張感の中、身長が百八十センチ半ばはあろうかという大柄な校長先生に合わせられたマイクを一生懸命自分にちょうどいいように合わせる姉の姿に新入生たちは緊張がほぐされ、可愛い生き物を見るような笑みが会場に溢れていた。
そんな中でも姉はしっかりと歓迎の言葉をやり遂げ、降壇する。姉が自分の席に戻るルートはちょうど僕の近くを通っており、すれ違いざまに「どうよ、私すごいでしょ?」とでも言いたげな目線を送ってきた。僕は目線をそらし、見ないふりをした。
その後新入生代表として、勉強も運動も何でもできる修一郎が登壇した。何でもできると言ったが一つだけ弱点があり、それは大舞台で緊張しがちなことだった。
その緊張のせいか修一郎は身長が百七十センチあるのにも関わらず、姉が調整した高さのマイクを自分に合う高さに調整しないまま話し始めてしまい、ずいぶんと背中を丸めたままの挨拶となった。皆笑ってはいけないと思い耐えていたようだが、耐えきれずかすかな笑い声が辺りから漏れ出ていた。
この未来を見ておけばマイクの高さをちゃんと調整するようにアドバイスできたかもしれないと少し後悔した。
「姉ちゃんのせいで修一郎が笑いものになった」
入学式が終わるとすぐに放課となり、姉と一緒に母の車で帰宅している。
「私は悪くないでしょ。背が高いのが悪いの」
「だいたいなんで部活なんて嘘ついたのさ。生徒会長だってのも知らなかったし」
「姉が生徒会長なんて知ってたら大船に乗ったつもりで入学してきちゃうでしょ? そんなんじゃ中学校ではやっていけないんだから。ちゃんと自立して、自分のことは何でも自分でやって、いつまでも私に頼ってちゃダメなの」
「不意打ちで驚かせて、かっこいいとこ見せつけたかっただけでしょ?」
「まあ、それもあるけど。でもかっこいいと思ったんだ?」
「あ」
「あんたも中学生になって少しは大人になったのね。素直に褒めるなんて」
「別にそんなんじゃないし」
「素直になりなさいよ。ちゃんとかっこよかったって言ったら、生徒会長の力で色々助けてあげるから」
「そんなのいらないし。だいたいクラスの人たち姉ちゃんのことかっこいいより、可愛いって言ってたよ。マスコット的な意味で」
「あら、かっこよくて可愛いマスコットなんて最高じゃない。ああ、それより修一郎のクラス知ってる?」
「え、僕と同じ一組だけど」
「じゃあ明日の放課後呼びに行くから待ってろって言っといて」
「え? なんで? 狙ってるの?」
「馬鹿言うんじゃない。私は年上で優しくてお金持ちでイケメンで家庭的で高身長でモテるくせに私に一途な人と結婚するの。そのために勉強頑張って部活とか生徒会とかもやっていい大学に行くんだから。あんたの同級生なんか眼中にない。ただあいつ頭は良さそうだし、ちゃんと私に従ってくれそうだから、生徒会にスカウトするつもり。ついでに緊張しいな所も叩き直してやろうと思って。帰らせたりしたらあんたを生徒会に入れるから」
横暴で野心家な姉に目をつけられた修一郎の将来を憂えずにはいられなかった。
次の日はまだ授業は行われず、クラスでの自己紹介や上級生による学校の施設紹介や部活動紹介が行われた。放課後になると自由に部活を見学していい時間となり皆それぞれ移動を始めていたが、生徒会には入りたくなかったので僕は姉から言われた通り修一郎を引き留めた。
「姉ちゃんが待ってろって言うんだ。修一郎が待っててくれないと僕がひどい目に合うから、ごめん。お願い」
僕の姉が生徒会長であることは今日の朝の時点で教室中に広まっており、入学式で猫背な挨拶をした新入生代表が生徒会長に呼び出しを受けたということで、教室に残っていた人たちから心配の声が上がっていた。
僕も心配になったので修一郎の二週間後くらいの未来を見てみると、結局生徒会に入らされたみたいだが持ち前のスペックの高さを活かして生徒会でもクラスでもうまくやっているようだった。僕は安心して教室を出た。
隣のクラスの健太はもうサッカー部に向かったようだ。四年生からサッカーを始めて、今もサッカー選手になるという夢は変わっていないらしい。
今の僕なら健太の二十代半ばくらいの未来なら見ることができるため、プロになれたかなれていないか分かるのだが、健太に悪い気がしてさすがにそこまでのことはできなかった。と言っても三年生引退後は一年生でレギュラーを取るくらいの未来は見ていて、健太なら絶対すぐにレギュラーになれるから頑張れなんて励ましたりして、僕はこんな感じで大事な所は見ずに、ちょこちょこと色々な人の未来をつまみ食いするように覗き見るのであった。それが僕の趣味のようなもので日常だった。
そんな悪趣味を続けた代償は割とすぐにやってきた。未来を見る力はさらに強くなって、もう顔を見るだけでその人の未来が見えるようになってしまった。ただ、見ないように意識していれば見ることはない。
日常生活では気を抜かなければ問題はないくらいだったが、スポーツをしているときはそちらに意識を持っていかれるため、色々な人の未来が矢継ぎ早に見えてしまう。結局まともにプレーすることができなくなり、健太と一緒に入ったサッカー部をたった二か月でやめてしまった。
脳内で未来が見えてしまってなんて理由を顧問の先生や健太に言えるはずもなく、練習がきつくてというありきたりな理由で誤魔化した。
僕の通う中学校では生徒は皆何かしらの部活動に所属しなくてはならないという決まりがある。生徒会も部活動扱いにしてくれるらしく、放課後の教室でサッカー部をやめたことを担任の先生に伝えると、姉のこともあってか生徒会に入ることを勧められた。姉にこき使われている修一郎を見ていたのでお断りした。
「できれば一週間以内には決めてくれ。どんなに遅くても、今日が水曜日だから来週の金曜日までには」
担任の
僕も健太と一緒にサッカー部に入ることを決めていたので早々に捨ててしまっていた。学校の決まりで部活動に所属しないといけなくなっている以上、何部にも所属していない僕の存在をいつまでも放っておくわけにもいかないということでタイムリミットが設けられ、二週間を過ぎても決まらなかった場合、強制的に生徒会に入れられてしまうことになった。
「安積は何かやりたいことはないのか?」
栃本先生は四十歳半ばくらいの男の先生で、生徒指導の主任となっているらしく集会や教室などたくさんの生徒の前で話をするときは怖い先生だった。だが一対一で話してみると意外と優しい人で、ちょっとした事で怒ったり、威圧的な口調で話すこともなく、部活動一覧のプリントと僕の顔を交互に見ながら一緒に考えてくれている。
「運動部はやめておこうと思います」
「そうか。じゃあプリントの裏面だな」
部活動紹介の表面に運動部、裏面に文化系の部活がまとめられていた。この学校はやたらと文化系の部活が多い。
「吹奏楽とか合唱とかはどうだ?」
「音楽系もあんまり。なるべく人が少ない部活がいいです」
プリントには部活名の隣に二、三年生の部員数が書かれているが吹奏楽や合唱を除くと、文化系の部活の部員数はどれも五人前後のものが多かった。
「人数の少ない部活は結構あるけどな。どれがいい?」
英会話部四名、数学研究部三名、科学部七名、美術部十名、ボードゲーム部五名、漫画・アニメ研究部四名、などなど。
「あの、ボードゲームとか漫画とかアニメとか学校に持ち込んだりしていいんですか?」
「まあ、授業が終わった後なら。うちに部活がたくさんあるのは、誰もが同じ趣味や好みを持った人と一緒にいられる空間を作るためだからな。こういう部は、ほとんど部員が自分で買ったものを持ち込んでいるだけだから予算もほとんど必要ないし、顧問の先生も他の部と兼任できるくらい緩い活動なんだ」
「部活強制だからこそですか」
「そんなところだ。ああ、ちなみに人数が一番少ないのはこれ」
栃本先生が僕の持っているプリントの右下の方を指差す。文芸部一名と書かれている。
「図書室で本を読むのが主な活動らしい。部員は三年生の女子が一人だったが、新しく一年生が一人入ったと聞いたような気がするな」
本を読むのは好きでも嫌いでもない。面白いと勧められれば割と夢中になって読むが、自分から色々探そうとは思わない。特段の興味は湧かなかったが本を読むだけなら人と相対することもほとんどないし、僕を入れても三名ならなおさらだ。栃本先生に礼を言って、図書室に向かってみることにした。
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