第6話 魔が差した
自宅に戻ると僕と母は健太の家に向かった。健太の母親には昨日のうちに連絡をしていたらしく、家の外で健太と話すことになった。
僕がどうやって説明したらいいか悩んでいると母が至極簡単に説明してくれた。
「未来を見る力を使いすぎてしまうと望は死んでしまうの。色んな人に知られたら無理やり使わされてしまったりするから誰にも言わないで欲しいの。いいかな? 健太君」
僕の力にもしかしたら僕以上に期待と興奮をしていた健太だが、さすがに僕の命を天秤にかけると納得してくれた。僕の力は家族、親戚以外では健太だけが知る秘密となった。これでもう今まで通り。普通で楽しい日常が待っている。
そう思っていたし、そうなるように努力していた。
数ヶ月が過ぎ、三月の下旬になった。今日は終業式で、明日からは春休みになる。
僕が通っていた小学校では三年生が四年生になるときにはクラス替えがない。去年はクラス替えがあったため、今生の別れでもないのに泣いて悲しんでいる人もいた。それと比べると今年は皆心に余裕があって、ただの長めの休みを心待ちにしている。
教室はちょっとがやがやしていて、先生がしていた休み中の注意事項とか始業式の日程の話が聞こえにくい城代になっていた。しかし先生が、「最後に、今からとても大事な話をします!」と言うと、今までの喧騒が嘘のように、教室内がしんとなった。
皆先生に注目した。担任の美奈子先生が大事な話という言葉を使うときは本当に大事な話であることはこの一年を通して皆理解していた。
「さっき先生がしてた話は全部最初に配ったプリントに書いてあります。必ずおうちの人と一緒に読んでください」
「えー」という声やブーイングが教室中から起こる。期待外れもいいところだ。しかし先生はブーイングをものともせずにんまりと笑っている。
「ごほん」
と先生が咳払いをした。やっぱり何か別の話が合ったんだという期待が教室に漂う。
「先生結婚するんでしょ。アラサーになっちゃったから早く結婚したいって言ってたもんね」
女子の誰かが言った。声の方を見ると先生といつも少女漫画の話をしているグループの子だった。先生は運動はあまり得意じゃないけど絵がとても上手で、高校生や大学生のときは自分で漫画を描いていたくらい好きだと話していた。特に少女漫画が好きで、少女漫画好きの女子たちと、理想のキャラクターやシチュエーションなどをよく議論していた。
その女子たちに恋愛相談していることはクラスの皆が知っている。
「え、ち、違います。やだみんな、そんなおめでとうみたいな目で見ないで」
またもや期待外れかという雰囲気が教室を包み込む。
「ごほん」
と先生はもう一度咳払いしてから話し出した。
「実は四月からクラスに仲間が一人増えます!」
次の瞬間教室が歓喜の輪に包まれる。おー、とか、わー、とかよく分からない叫び声が聞こえるほどだ。顔も名前も性別も、どんな性格かも分からないのに、何故かワクワクしてしまう。
「男子? 女子? 名前は?」
そんな質問が教室中から先生に向けられたが、四月まで内緒と一蹴されてしまった。
「ケチだから結婚できないんだ」
なんて声がどこからか聞こえたが、先生は怒ることもなく皆が静かになるのを待っていた。
このとき魔が差した。曾祖母の家に行ってから数ヶ月。未来が見える力を使わないように気を付けて、今では力の存在を忘れるときもあったほどだった。しかし転校生という特別な存在への好奇心。それが一瞬だけ僕の理性を上回った。
喧騒の中、黒板の前に立つ美奈子先生の顔を見て四月の始業式を思い浮かべて目を閉じる。数秒後頭の中に光が訪れ、光が消えると映像が見えた。見慣れた顔のクラスメイト、少しだけ違う教室からの風景、黒板の前には美奈子先生が立っていて、隣には女の子が立っている。
転校生は女の子だ。
それに先生の左手の薬指に指輪がはめてある。母もしていて理由を聞いたことがあるが、それは結婚している証だったはずだ。そこまで見てなんだか幸せな気持ちになって目を開けると教室はやっと静かになっており、その後すぐに解散となった。
転校生は女の子で、先生はすでに結婚の予定がある。クラスの誰も知らない。その優越感がたまらなかった。力を使ってしまったと一瞬思ったが、ちょっとくらいなら大丈夫だろうと自分で自分を安心させた。
それからの僕は、少しずつ、少しずつ、誰にも悟られぬように力を使い始めるようになってしまった。
母や健太に内緒で力を使うようになって半年が過ぎ、色々と分かってきたことがあった。一つは覗き見た未来の内容や時間、頻度が僕の心身にも影響を与えること。
つらい未来を見たり、長時間見続けたり、短時間でも何回も繰り返し見たりすると体力を消耗してしまう。
二つめは時期を指定しないで未来を見ると、その人にとって直近の大きな出来事の未来が見えるということ。初めて健太の未来を見たときもそうだったし、幸一が五年生の六月に一つ年上の女の子に告白される未来や、美奈子先生が結婚式の披露宴でクラスの皆からサプライズでプレゼントをもらって嬉し泣きしている未来、拓哉が小学校卒業を機に東京に引っ越してしまう未来も時間を思い浮かべずに見たものだ。
そして、使えば使うほど強くなるというのは本当のことで、いつの間にかテレビや雑誌で見た人の未来も見えるようになったし、少しずつ遠くの未来も見ることができるようになってきている。五秒ほど目を閉じなければならなかったのも三秒ほどで済むようになった。
その力を使って楽しんでいただけではなく、ちゃんと人の役にも立っている。小さな怪我や事故の未来を変えたことは何度もあったし、飲酒運転の車に轢かれる未来が見えた小学生の集団を事前にうまく誘導して救ったこともある。
誰も僕が助けたとは気付かない。表立って称賛されるより、人知れず活躍しているのがかっこよかった。僕はヒーローになれた嬉しさで曾祖母との約束なんかすっかり忘れて、この力の虜になってしまっていた。
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