第5話 力の代償

「決してその力を使ってはならないよ。その力はあんたのことも、あんたの周りの人のことも不幸にしちまう力だ」


 何を言ってるんだこのおばあさんは、と思った。今までの恐怖心を吹っ飛ばしてしまうほど呆気に取られてしまった。こんなに便利な力をどうして使ってはいけないのか。自分のためだけじゃなくて、誰かを助けるためにも使えるのに、何故なのか。


「どうして? 僕はもう、この力で友達を助けたこともあるんだよ」


 このときの僕には、自分の力に対する絶対的な信頼があった。健太を一度助け、健太の家の夕飯を一度当てただけなのに、なんでもできるという根拠のない万能感を持ってしまっていた。


「片平家には昔からあんたのような未来を見る力を持つ人間が生まれることがあった」


 曾祖母は純粋に自分の力を信じている僕に対し、威圧的に言い聞かせても無駄だと判断したのか、ゆっくりと諭すように語り始めた。


「そう多くはなかったけど片平の血を引く人間なら誰にでも可能性はあった。というより、片平の人間はみんな潜在的に力を持っていて、目覚めるか目覚めないかの違いのようだがね。あんたの母親の姉もその力を持っていた。あんたと同じように人を助けるんだって息巻いてたよ。色んな人の未来を見て、危険な未来が見えた人をうまく助けて、あたしの娘も、あんたの母も、立派な娘だ。尊敬できる姉だって喜んで。あたしは今と同じように力をこれ以上使うなと言ったけど、聞きやしなかった。あんた、どうやって未来を見てる?」


「え、と、相手の顔を見たあと、その顔を思い浮かべて、五秒くらい目を閉じると、見れたかな」


「あの子はね、顔を見ただけでも、写真や映像を見て顔を想像しただけでも未来が見えると言っていた。最後には顔を見ただけで勝手に未来が見えてしまうくらいだったそうだ。その力は使えば使うほど強くなるんだ。勉強すれば頭は良くなるし、運動すれば体が強くなる。それと同じことさ」


「その人は今どこで何をしているの?」


 僕のした質問に、母と綾香さんが息を呑む音が聞こえた。


「この山のもう少し奥に入ると小さな滝がある。その上から身を投げて死んでしまったよ。助けようとした父親も一緒にな。色んな人の未来を見すぎて嫌になってしまったんだろうね。危ない目にあってる未来を見ても全部を助けられるわけじゃない。あんたの家族が三分後に理由も分からず死んじまう未来が見えたとして、どうしようってんだい。見たくもないひどい未来が勝手に頭の中に入ってくるんだ。死んでしまいたくもなるだろうさ」


 健太を助けられたのは原因が分かったからだ。訳も分からず突然母や姉が死んでしまうことを想像すると、とても怖くなった。そんな未来ばかり見ていたら普通じゃいられなくなる。そのことを知っていたから母も綾香さんもあんなに真剣で張り詰めた顔をしていたのか。


「使えば強くなるってことは使わなければ弱くなるってことだ。それに片平の血を持つ人間の未来は見ることができないから、片平の人間は他人と関わりの少ないこの家に住んで……門の所の祠は見たろう? あそこには時を司ると言い伝えられている神様がいてな、その神様にこの呪いの力を消してもらえるようにお祈りするんだ。あんたの母親はそれをせずに外に出ちまったからこんなことになったんだ」


 この山や周辺は昔から片平の土地で、住宅や店舗、田んぼや畑などのために貸していて、片平の人間が結婚の適齢期となるとその辺りに住む年齢の近い異性をそのときの当主が選んで結婚させる習わしらしい。


 母はそれを拒んで片平の土地とは関係ないところに住んでいた父と結婚した。曾祖母は反対したが祖母が説得してくれて、家は出たものの完全に縁を切ることはなく今に至るらしい。


「力を使ってはいけないことは理解したかい」


 僕はうなずく。


「あんたもこの家に住んでもいいんだよ。その方が安心だ」


 僕は首を横に振る。


「使わないから大丈夫。約束する」


 それを聞いた曾祖母は「うん」と一言だけ言って、また手すりと杖を頼りにベッドに戻っていった。僕らも部屋を出るように綾香さんが促す。祖母が用意してくれていた夕食を母と姉と一緒に食べ、風呂に入ると母と姉と同じ部屋に案内された。母を真ん中に布団を川の字に並べて、久しぶりに母と一緒に寝ることになった。


「まさか望がそんな力を持ってるなんてね。あんた私の未来も見たんでしょ? どうだった? お金持ちのイケメンと結婚してた?」


「見てないよ。さっきひいおばあちゃんも言ってたじゃないか。血の繋がった人の未来は見えないんだよ。そもそも姉ちゃんがそんな人と結婚できるわけないし」


「はあ? 何の根拠があって言ってんの?」


「家がお金持ちの拓哉たくやも、イケメンの幸一こういちも、何でもできる修一郎もみんな姉ちゃんのことなんか怖そうって言ってたよ」


「あんたの同級生になんかに興味ないし。私はちょっと年上の優しくてお金持ちでイケメンで家庭的な男の人と結婚するの。そのために頑張って勉強していい大学行くんだから」


 そんなやりとりをしながら隣の母の顔を見る。昨日までと同じ穏やかな表情をしている。僕がきちんと曾祖母の話を理解して、力を使わないと約束したことで安心してくれたようだ。


 こうして怒涛の一日が終わり、次の日からはいつも通りの日常が戻ってくる。一緒に色々考えてくれた健太には悪いけど、次に会ったときに未来を見る力はもう使わないと言い、他の人には言わないようにすることをお願いしておかなければならない。ちゃんと説明すれば分かってくれるだろう。


 次の日の朝は祖母や綾香さんの家族とも一緒に朝食を食べることになった。綾香さんの息子はもう高校生で、昨日から部活の大会というものに泊まりがけで行っていて今は家にいない。


 サッカー部に入っていて、一年生なのにレギュラーとして試合に出ているそうだ。土曜日の今日は入院している綾香さんの父のお見舞いに行った後、サッカーの試合の応援に行く予定だと言っていた。


「すごいね。姉ちゃんは五年生なのに四年生より試合出てないのに」


 ミニバスをやっている姉だが、身長は百二十五センチメートルとかなり小さく、ほんの少しの時間しか出場したことがないらしい。すでに身長は僕の方が少し高いくらいで、兄と妹と間違えられるのも時間の問題だ。


「六年生になれば二十センチ伸びるし、そしたら私が一番うまいから出番増えるんだから。そんでもって中学生になったらまた二十センチ以上伸びて、スタイル抜群になってやるんだから。見てなさい」


 少しでも身長を高く見せようと頭の高い位置で結ばれたポニーテールは、年齢を重ねるごとに位置が下がっていくのだが、このときが最高値だった。


 朝食を終えて帰り支度を済ませ、外に出ようと玄関まで来た所で片平家の電話が鳴った。僕らを見送りに来ていた綾香さんが受話器を取り、話を始める。昨日と違って今日は優しい表情をしていた綾香さんの顔が急にこわばり母に何か目配せをした。


 僕らはそのまま玄関を出て母の車で自宅に帰ることになるが、玄関を出る直前、綾香さんと祖母が【分家】がどうとか話をして、曾祖母の部屋に向かっていくのが見えた。車の中で分家のことを母に尋ねても、よく知らないとしか答えてくれなかった。

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