第11話 姉の萌祢
家に帰り、自分の部屋のベッドの上に寝転がりながら中学入学を機に買ってもらったスマートフォンで出会って日が浅い異性との会話の仕方とか、仲良くなれるテクニックなんかを調べていると姉が部屋に入ってきた。ノックなどしないのは昔からなのでもう気にならない。姉は勝手に僕のベッドに腰かけ、語り出した。
「葵がね。文芸部に最近入った新入部員がとっても楽しそうにしてるって言ってた」
「そうなんだ」
「結構前だけど、四月に入ってきた一年生の女の子がとっても可愛いってことも聞いた」
「へえ」
「私も何度が文芸部に遊びに行ったことあるけど、ほんとに可愛かったなあ。顔だけじゃなくて、礼儀正しくて丁寧で、あんな女の子と一緒に部活できたら男子は幸せだろうなあって思う」
「そうだね」
「葵も言ってたけど、今はまだ目立たないけど、何かのきっかけであの子の存在が学校中に知れ渡ったら大人気になりそうね。今知り合えてる男子は、他より一歩も二歩もリードするチャンスだと思うの。このチャンスを逃すわけにはいかないと思うなあ」
「……どこまで聞いてる?」
「月曜日には頑張って話しかけるんだって所まで」
「全部じゃないか」
文芸部での僕の全ては姉に筒抜けのようだ。きっと家での僕のことも三穂田さんに筒抜けだろう。二人して僕をいじくって楽しんでいるのだ。姉が二人に増えたみたいで、僕に安息の地はない。
「用がないなら出てってよ、僕忙しいんだけど」
「【会話を弾ませる方法】ねえ。そんなの読むのが忙しいの?」
背中越しにスマホの画面を覗かれていた。他人と会話するのが苦手なのは自覚があるけど、こういった記事を読んでいることがばれるのは恥ずかしい。ちょっとだけ頭に血が上ってしまい、僕はベッドの上で姉の背中側に回り込んで、両脇の下に手を入れてそのまま姉を持ち上げながら立ち上がった。
小さい姉はとっても軽くて、腕力に自信がない僕でも簡単に持ち上げることができた。そのまま部屋の外に運び出そうとする。
「あ、そういう態度とっていいのね?」
「え?」
「せっかく一緒に考えてあげようと思ったのに」
一瞬意味が分からず固まっていると、僕に持ち上げられている姉がもがき始めた。足が床に届かなくてじたばたしている。こんな姿を学校の生徒に見られたら、生徒会長としての威厳がなくなってしまうだろう。
「降ろしなさい。ひどい目に遭いたくなかったら」
僕は冷静になって姉を降ろしてあげた。姉は僕のある意味弱みを握っているし、文芸部で一番強い人ともつながりがある。生徒の中では最も影響力があると言っていい存在でもある。逆らってはいけない。
「えっと、どういう意味? 一緒に考えるって」
「そのままの意味。あんたが真由ちゃんと仲良くなれるように頼れるお姉様たちが手伝ってやろうって言ってんの。手始めに月曜日どうするかを考えてあげる」
言葉の意味は分かったけど理由が分からない。姉にそんなことをするメリットがあるようには思えない。この地域で一番の進学校に進むために日々勉強しているし、生徒会長として色々な活動もしている。
休日や生徒会がない日は小さいくせに入部したバレーボール部にも顔を出していて、リベロ専門だけどチームに欠かせない選手だとか聞いたことがある。僕のことに構っている暇はないはずだ。
「暇なの?」
「暇じゃない。けど葵があんたたちを応援したいって言うから二人で手伝ってあげる」
「三穂田さんが? どうして?」
放課後の三穂田さんに感じたことは間違いではなかった。理由はいまいち分からない
「それは内緒。あんたが葵に認められるくらいの男になったら教えてくれるかもね」
理由が分からなくても、仮にからかい半分だったとしても正直ありがたかった。自分だけで考えていたらネットの知識を繋ぎ合わせただけの会話しかできなかったかもしれない。
「じゃ、早速だけど」
姉はそう言って再び僕のベッドの上に座った。僕は床に正座させられた。
「現状のあんたの戦略は?」
「自分の話ばかりするのは避けようかと」
「なんでそう思ったの?」
「ネットに書いてあったから。自分の話ばかりすると嫌われるって」
「じゃあどんな話をするの?」
「……」
姉はため息をついた。僕もため息をついた。それが分かれば苦労しないのだ。
「まあやらない方がいいことをちゃんと分かってるってことだけは評価してあげる。最初は文芸部なんだからどんな本を読んでるのとか、どんなジャンルの本が好きなのとか聞けばいいじゃない。話題にしやすいアイテムを手に持ってる状況なんだから簡単でしょ?」
「僕あんまり本に詳しくないから、本のこと話せるか心配で。読書とかそんなに好きじゃなかったし」
「なんでそんな奴が文芸部に入ったのよ」
「それは……えへへ」
並木さんがいたからに決まっている。三穂田さんの背後から顔を出した並木さんとか、本を読んでいる並木さんの横顔とか、今日見た並木さんを思い出すとにやけてしまう。
「きもい」
顔面にベッドの上にあった枕を投げつけられた。確かに我ながらちょっと気持ち悪い顔をしていたかもしれない。こんな調子では月曜日に何もできずに終わってしまうので、気持ちを切り替え真剣に考える。ネットに定番の話題が乗っていたはずだ。
「好きな食べ物とかどうかな」
「定番ね」
「休日出かけるならどこがいいとか」
「それはまだ早い。もうちょっと仲良くなってから」
「流行の歌とか」
「あんた知ってるの?」
「知らない」
「……読書から逃げるな。文芸部なんだから本の話をしなさい」
「だって」
僕だって本の話ができるならばしてみたい。でも月曜日に本の話をするシミュレーションをするとどうしてもダメなことに気が付いてしまうのだ。
「月曜日に本の話をする場合のことを考えたんだけど、まず本を読み始めちゃったら僕は話しかけるタイミングを失うと思うんだ」
「情けない。まあ続けなさい」
「だから話しかけるのは本を読み始める前になる。そのときにどんなジャンルが好きなのとは聞けないんだ。もし好きなジャンルと今読もうとしている本のジャンルが違かったら気まずいし。となると必然的に金曜日読んでいた本の話題になる」
「違うジャンルでもそっちも好きなんだね、でいいと思うけど」
「並木さんが金曜日読んでいた本の話を聞き終わると、おそらく僕が金曜日読んでいた本の話を聞かれるんだ」
「まあ、自然な流れね。話せばいいじゃない」
「僕は金曜日は並木さんの顔ばかり見ていたから本なんてこれっぽっちも読んでいなかったんだ。そうなると何を話したらいいか分からなくて」
シミュレーション自体はあっているはずだが、姉はなんだかあきれているようだ。せっかく力に頼らず完璧な未来を予想したというのに。
「もうそのまま言ったら? あなたに見とれて本を読んでいませんでしたって。なるようになるんじゃない? その方が……まあそれは冗談として、それならその本を読んでおけばいいじゃない。そうすれば話題にできるでしょ」
「学校に置いて来ちゃって」
姉の口が「あ」の形で止まった。多分「あんた馬鹿なの?」とでも言いたかったのだろう。それを飲み込んで下を向いて考え込んだ。腕を組んで右の人差し指で左の二の腕あたりをトントンと叩いていて、イライラしているようで怖い。少し考えた後、大きくため息をつき僕の顔を見る。優しさとも呆れとも憐れみとも怒りともとれる表情をしている。
「その本のタイトルを教えなさい。明日部活で学校に行くから。先生に言って図書室から借りてきてあげる。普通はだめだけど私なら許してもらえるから。優しい姉に感謝しなさい」
僕は正座したまま頭を下げた。
「午前で部活終わって昼には帰るから。あんたはその日のうちに本を読み終える。日曜日に最後の打ち合わせをして月曜に備える」
「分かりました」
こんなに優しい姉はいつぶりだろうか。いつもこうだったらいいのに。
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