第12話 本を読む
その日の夜、眠りに就こうとしているとスマホにメッセージが届いた。
【萌祢から聞いた。本の話は得意じゃないから助け船は出せない。覚悟しろ】
絵文字もなく、最後に怖そうな一言が添えられたメッセージの主は三穂田さんだ。当たり前のように僕の個人情報は筒抜けである。しかしせっかくの機会だから気になることを色々聞いてみることにした。
【本の話が苦手なのに何で文芸部に入ったんですか?】
【お前がもっといい男になったら教えてやら】
【なんで僕を応援してくれるんですか?】
【お前がもっといい男になったら教えてやら】
【コピペですか? 最後誤字ってますよ】
しばらく返信が来なくなった。せっかく応援してくれるのに悪手だっただろうか。怒らせたらどうしよう。そんなことを考えていると三穂田さんから電話がかかってきた。
「は、はい」
「細かいこと気にする奴は真由に嫌われるぞ」
「並木さんの好きなタイプとか嫌いなタイプとか知っているんですか?」
「詳しくは知らん。ただ」
「ただ?」
「男と仲良くなったことは今まで一度もないらしい」
「じゃあ僕が最初ですね」
「まだ仲良くなってないだろ。うぬぼれるな。とにかくお前はしっかり本を読んでおいて、真由と本の内容を語り合うんだ。そこから会話を広げていけ」
それだけ言うと三穂田さんは電話を切ってしまった。
並木さんは男子が苦手なのかなと思ったが、僕も母と姉を除いたら女子の連絡先は三穂田さん以外知らないことを思い出し、人見知りの似た者同士そんなものなのだろうと納得した。
翌日、予定通り姉が本を持ってきてくれた。リビングで本を受け取った後、こちらに手を出しっぱなしにしていたのであらかじめ用意しておいたちょっとお高めのアイスを乗せてあげると、上機嫌で自分の部屋に入っていった。僕も自分の部屋に戻り、もらった本を読む。
司書の先生がおすすめするだけあって読みやすいし、面白かった。僕らと同年代の主人公が過去に戻る能力を持っており、それを駆使して冒険をする物語だ。しかし無制限に使えるわけではなく、戻ることができる時間が限られているなどの制約があったり、過去を修正することで今を失うこともあり、一筋縄ではいかないストーリーが面白かった。
過去と未来で違いはあるものの時間を超える力を持つ者同士主人公に親近感を覚え、僕の力も使い続ければ未来に行けたりするのだろうかなどと馬鹿なことを考えたりもした。
次の日には三穂田さんと当日の流れの確認をして、その後に姉に本の内容を質問してもらって答える練習をした。おかげでこの本の内容に関しては何でも答えることができるようになり、僕は大きな自信を胸に月曜日を迎える。
放課後、図書倉庫に行くとすでに三穂田さんがいた。
「自信は?」
「まかせてください。あの本のことなら完璧です」
「よし。お、真由が来たぞ」
コンコンコン、と扉をノックする音が鳴った。ノックの音まで可愛く聞こえるから不思議なものだ。三穂田さんが「おう」と男らしく返事をすると、扉がゆっくり開き並木さんが入ってきた。そして僕らに軽く頭を下げて「こんにちは」と挨拶をする。三穂田さんはまた「おう」と男らしく返し、僕は「こんにちは」と礼儀正しく返した。
「真由、今日は文芸部らしい活動をしようと思う」
三穂田さんがアシストしてくれている。僕も心の準備を整える。
「文芸部らしい、ですか?」
「ああ。たまには読んだ本の内容とか感想を話し合うのもいいなと思ってな」
「でも、葵先輩、そういうのはあまり得意じゃないって前に言っていませんでしたか? 」
「ああ、だから望と真由でやるんだ」
ここまでは予定通り。あとはわざとらしくないように、いきなり言われてびっくりしているようにリアクションを取るだけだ。
「え、ちょ、ちょっと三穂田さん。いきなりそんなこと言われても、困りますよ。僕も並木さんも」
少しわざとらしかっただろうか。並木さんの反応をうかがう。並木さんは考え込んで難しそうな顔をしている。眉がちょっとだけ八の字になりそうで可愛い。そういえば話をするのは得意じゃないと言っていた。僕がその気でも並木さんが嫌と言えばダメなのだ。
「大丈夫。真由ならできる」
三穂田さんのその言葉を聞いて並木さんは決心したようだ。ちょっとだけキリっとした表情が可愛い。
「はい。がんばります。よろしくお願いします。安積君」
大事な試合に挑むかのような気合を感じる。並木さんにとってもおそらく初めてのことで緊張しているのだ。僕は一度深呼吸して冷静になる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って僕らはいつもの席に着いた。並木さんは椅子ごと僕の方に向けて、僕と向かい合う。さあ何でも聞いてくれと思っていたが、並木さんは固まってしまって動かない。僕の方から聞かないといけないのか、と気付いた。どうしたものか。
僕は質問に答える練習しかしていなかった。質問する練習をほとんどしていない。
窓際の席に座る三穂田さんを見ると目をそらされた。これ以上は助けてくれない。昨日の練習を思い出す。僕は答える練習しかしていなかったが姉は色々質問をしてくれた。それを真似ればいいのだ。
「あの、並木さんは昨日、じゃない、金曜日はどんな本を読んでいましたか?」
「は、はい私は【ぼくの家】という本を読んでいました。これは中学生の男の子が主人公で、両親とお姉さんがいて、最初は家族との日常のエピソードが書かれていて、特に何も起きないけど面白いんです。三人分のエピソードが終わるとある事件が起きて、主人公が家族との絆を信じて立ち向かっていくんです。日常パートの出来事がヒントとかになっていたりしてとても面白いです」
すらすらと本の内容の紹介がされた。今までの並木さんとはけた違いに言葉数も多いし、得意じゃないと言っていた割には上手だ。僕も何か質問しなくてはいけない。一生懸命に話す並木さんが可愛くて見とれていたなんて言ったら、三穂田さんに小突かれる程度じゃ済まない。
「えっと、事件とはどんなものですか? 」
「え、じ、事件は、その、知ってから日常パートを読むと新鮮さとか驚きがなくなっちゃうので、知らない方が楽しめると思います」
「そ、そうですね。ごめんなさい」
「いえ、そんなあやまることじゃ、ないです」
しまった。本の紹介をするということは相手にも読んでみてほしい場合がほとんどなのだから、自分からネタバレを聞きに行くのはよろしくない。別の質問をしなければ。
「なあお前ら、なんで敬語なの? 同級生なのに」
助け船は来なかったが、横やりは入った。僕らのやり取りを聞いていた三穂田さんが口をはさんだ。誰にでもため口でいけそうな三穂田さんにこの気持ちがわかるはずがない。友達が少ない僕にとってため口は友達の証なのだ。
ため口で話して、私のこと友達だと思っているんだと思われると恥ずかしい。本当に友達になるまではため口では話せない。並木さんも同じ感じだと思っていたのだが、並木さんの答えは意外だった。
「そ、そうですね。えっと安積君。敬語はやめよう。と、とても面白かったので是非読んでみてくださ……読んでみてね」
ため口が恥ずかしいとか友達の証だとか考えてたのが馬鹿らしい。素晴らしい。並木さんがため口で話してくれるのはこんなに幸せなことなのか。それだけで細かいことは気にならなくなる。ため口最高。
「う、うん。今度読んでみるよ。えっと並木さんはその本で好きな登場人物とかはいた?」
もっと並木さんのため口を引き出したい。
「うん。私は主人公のお姉ちゃんが好きかな。主人公は人見知りしがちで友達も少ないんだけど、活発なお姉ちゃんがうまい具合に引っ張ってくれて、とても頼りになるの」
主人公は僕だったのだろうか。親近感が湧いてより一層読んでみたくなった。
「私一人っ子だから、優しくて強いお姉ちゃんに憧れてて」
それで三穂田さんに懐いているのか。強いのは確かだし、たまに優しい。
「安積君はお姉ちゃんいるよね? 生徒会長さん」
「うん。知り合いだったりする?」
「うん。四月はたまにここにも遊びに来ることがあって。あんなお姉ちゃんがいるなんてちょっと羨ましい」
「そうかな」
今までの姉との思い出を振り返る。小さいときはあまりいい思い出がなかった気がするが、最近は強引ではあるけどなんだかんだ助けてもらっている気がする。今並木さんとこうやって会話できているのも姉のおかげでもある。
「まあ、昔はわがままに付き合わされたり嫌な目に遭わされることもあったけど、最近はお互い少し大人になって、悪くないかなって思えてきたよ」
「またお会いしたいですって伝えて、ね。それで次は安積君の本なんだけど」
きた。三周したし、紹介の練習を何度もやった。その成果を見せるときだ。
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