第13話 本性

「あの、私もその本読んだことがあって。フューチャー大槻さんの【予言】っていう本だよね?」


 紹介の練習意味なかったじゃん、という感情はその変な作者名でかき消された。内容のことに夢中で作者名なんて全然見ていなかった。持ってきていたその本を見ると確かにフューチャー大槻と書かれている。


「そう。おすすめの所にあったからなんとなく読んでみたんだけど面白かったよ」


「うん。内容は面白かったけど、ちょっと不思議だよね。過去に行く話なのに予言っていうタイトルだし。後書きも気になる」


 後書きも読んでいなかった。並木さんに時間をもらい読んでみると、確かにおかしな内容だ。


【この物語は予言者である私が記した予言の書です】とか【あの人のもとに届きますように】とか誰かに予言を届けたいかのような内容だ。


「そういう設定で書いたのかな」


「私も、そう思う。気になるけど内容はほんとに面白かったよね。過去を変えたら現在で仲良くなった人たちとの関係も変わっちゃうかもしれないけど、どうしても変えたい過去があって、主人公が葛藤する所とか。私ドキドキしちゃった」


「うん。終盤のシーンだよね。一番変えたかった過去まで戻れる力を手に入れた後、現在でこのまま過ごしたい気持ちも、過去を変えたい気持ちもどっちも分かるんだよね」


「それでね、現在で主人公と仲良く過ごしてたヒロインの気持ちを考えたら、なんだか切なくなってきちゃって、現在の主人公を救ったのは間違いなくこのヒロインだけど、主人公はずっと前から過去を変えたいって願いを持っていて、それはヒロインも分かっていたのにダメ元で現在でこのまま過ごさないかって聞くところとか胸がきゅーってしちゃって。でもこの本ですごいのは結局主人公は過去を変えに行ってしまってそのまま物語は終わるんだけど、その後のページで過去に戻るか現在に留まるか悩む所に戻って、主人公が現在に留まることを選んだ場合の物語が進行する所だよね。どっちを選んでも納得のいくハッピーエンドになっていて。私はどちらかというと過去に戻る終わり方の方が好きで。先に書かれているから作者が本当に想定してた終わりはこっちなんじゃないかなって気もするし、どうしても過去に戻りたい気持ちがすごく分かるから……」


「う、うん。そうだね」


「あとは終盤のちょっと前に主人公の仲間が大集合して皆で協力して困難に立ち向かう所とか、主人公の今まで積み重ねてきた人生が無駄じゃなかったんだなって思えて……」


 並木さんが怒涛の勢いで語り出す。今までに見たこともないくらいの早口で、僕は相槌を打つしかできなくなった。三穂田さんも驚いて目を丸くしている。二ヶ月一緒にいる三穂田さんでもこんな並木さんは見たことがないようだ。僕らは並木さんの知られざる一面を垣間見てしまった。


 並木さんはこの本が好きでずっと誰かと話をしたかったのだろう。でも三穂田さんは本の話をしてくれないので心の中に本の話をしたい欲望が蓄積していた。僕がその欲望を解放してしまったのだ。


 まだまだ止まらない。終盤のシーンの話が終わったら最初に戻ってしまった。きっと丸々一冊分話してくれる。僕は時折うなずいたり、相槌を打ったりしながら一生懸命話をする並木さんを見つめていた。見たことがない表情をたくさん見ることができて幸せだった。


「……というわけで、葵先輩にも読んでもらいたいです」


 一時間近くは話していただろうか。最後に三穂田さんに矛先が向いたところで話は終わり、満足そうな顔で並木さんが一息ついた。冷静に戻った並木さんは僕と三穂田さんの顔を交互に見ると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「あ、あの、すみません、恥ずかしい所を見せてしまって」


「恥ずかしい所だなんてそんな。並木さんは本が好きなんだなってことがすごく伝わったよ」


「で、でも」


 恥ずかしさのあまりちょっと目がウルウルしている。三穂田さんには背を向けているから僕にしか見えていない。特等席だ。


「家族の前ではたまにこうなってしまうことがあって、人前ではやめなさいって注意されていたんだけど、私、この本がすごく好きでいつか誰かと語り合いたいと思っていて。ネットでは全然話題になっていなくて、司書の先生に聞いたら作者の人と友達で、図書室に置いてくれって直接渡してくれた本らしくて、やっと話せるって思ったらつい……すみません、私今日は帰ります」


 並木さんはそう言って、素早く帰り支度を整え図書倉庫を出て行ってしまった。衝動的な行動にも関わらず僕と三穂田さんに頭を下げて挨拶を忘れなかったり、扉を丁寧に開け閉めしたり、決して走ることはなかったり、さすがであった。


 あんな嵐のような並木さんは初めてで僕も三穂田さんも並木さんが出て行った図書倉庫の中でしばらく呆然としてしまった。


「すごかったな」


「はい」


「あんな真由は初めて見た」


 三穂田さんが近づいてきて正面から僕の両肩をつかんだ。そして僕を揺さぶりながら嬉々とした表情で言う。


「お前やるな。手伝って正解だった」


「は、はい。よかったです」


 揺さぶられすぎて気持ちが悪くなってきた。そのおかげで見ないように努めていた三穂田さんの未来がつい見えてしまう。


 同じだった。初めて三穂田さんに会ったときに見てしまった未来と寸分違わず同じ未来だ。今とは違う制服を着た三穂田さんがお葬式で泣いている。悲しいことだけど仕方のないこと。おかげで冷静になることができた。


「あの、うまくいったってことでいいですか? 」


「ああ、そうだな。予想以上の出来だ。褒めてやる」


「いい男にはなれましたか?」


 一昨日のやり取りを思い出し、尋ねてみた。三穂田さんは僕の肩をつかだまま、しばらく考え込んだ。「うーん」とうなり声をあげて、うなり声をあげるたびに手の力が増していき、肩にめり込んで痛い。しばらくすると肩から手を放し、腕を組んだ。結論が出たようだ。


「まだダメだな。ただ、少しは頑張ったことを認めてやろう」


「じゃあ何か教えてくれるんですか? 少しくらいは」


「真由のことだ」


「それは三穂田さんの話を聞くよりも嬉しいです」


 デコピンされた。三穂田さんは何事もなかったかのようにまた腕を組み直す。


「真由はお前と仲良くなりたいそうだ」


 一瞬僕の思考が停止した。三穂田さんの未来が見えそうになったがなんとかこらえる。僕と仲良くなりたいだなんて、そんな嬉しいことがあっていいのだろうか。


「勘違いするなよ。お前のことが好きとかそういうんじゃない。真由は男と仲良くなったことがないというのは教えたよな」


「はい。だから僕が一番目です」


「それはまだ分からん」


「いや、もう決まりでしょう」


「いいから聞け。真由が四月に入部して色々話は聞いていた。小学校低学年のときに真由と同じクラスだった男子たちは不幸なことに皆騒がしい連中ばっかりだったんだ。もともと人見知りで引っ込み思案だった真由はそいつらと馬が合うはずもなく、女子としか友達になれなかった。それだけならまだしも、その男子たちは男子も女子もなく強引に外で遊ぼうって誘ってきて、部屋ん中で本を読むのが好きだった真由にとって恐怖だったんだ。まあその男子たちも悪気はなくて学校一いや日本一、いや世界一可愛い真由と遊びたかっただけだったんだろうが、誘い方を考える頭がまだなかったんだろうな」


「並木さんの話なのに三穂田さんの個人的な思想が入ってます。まあ間違いではないけど」


 無言で頭を小突かれた。三穂田さんはそのまま続ける。


「それから男子が苦手になってしまって、おとなしめのやつ相手でもうまく話せなくなってしまったらしい。だからお前が初めて部室に来たとき、チャラチャラしてたり騒がしそうなやつだったら力ずくで追い返すつもりだった。普通な奴でもお引き取り願うつもりだった」


「僕は普通ではなかった?」


「萌祢から昔聞いていたのもあったが、部室に来た理由も言えないやつなら、真由にむやみに話しかけて怖がらせることもないだろうって思った。だから次の日も部室に来たら真由と二人きりにしてみた」


「もしかしてあのとき近くにいたんですか?」


「ああ、真由を怖がらせたら入って行って締め上げるつもりだった。だがそんなことはなく、ついでにお前は真由に惚れていた。まあこれは仕方がないことだ。真由は可愛いからな。その日の帰り、あたしは真由に聞いた。今日来たあいつ、つまりお前を入部させていいかってな」


「その日には入部届出してたのに、並木さんの返答次第ではダメだったんですか?」


「当たり前だ。部長はあたしだが文芸部のヒエラルキートップは真由だ。覚えておけ。真由がダメと言ったらダメ。真由がよしと言ったらよしだ。それでだ。真由はお前なら大丈夫そうだと言った。優しそうだし、自分と似て話すのが苦手みたいだから気が合うかもしれない。仲良くなりたいってな」


 第一印象で悪くないと思われていたのが嬉しい。無理に話をしようとせず自然な僕のままでいたことが良かったみたいだ。


「おい、うぬぼれるなよ。悪くない評価なだけで真由はお前のことを気に入ったとは一言も言っていないからな。それに真由だって中学生になったら男子ともちゃんと話ができるようになりたいと思っていたんだ。そうしないと今後の人生で困ることもあるかもしれないってな。だからお前じゃなくてもおとなしそうなやつなら大丈夫って言ったかもしれないし、お前はただの最初に相手するのにちょうどいい練習台なんだ」


「三穂田さんは、僕と並木さんにどうなって欲しいんですか? 仲良くさせようと手伝ってくれるのに、並木さんは僕に気がないことをやたら強調してくるし」


「お前と真由には仲良くなってもらいたい。それが真由の願いだからな。お前を応援する理由の三分の一はそれだ。だがそれはあくまで友人として仲良くなるだけだ。その先は許さん」


 漫画やアニメなどで見たことがある娘を嫁に出したくない父親のようだ。僕に父親はいないのでリアルな所は分からないけれど。


「もしもですよ。もしも仮に並木さんの方から僕のことを、その、す、好きとかそういうのがあったら」


「それはないから気にするな」


 一蹴されてしまった。少しくらい夢を見させてくれてもいいのに。


 もう本を読む気にはならなかったので、帰り支度を始める。会話が終わって静かになると、先ほどの並木さんを思い出す。今日は本当に色々な表情を見ることができた。明日もまた違う表情が見られるかなと思ったが、あんな風に出て行ってしまって明日は部活に来てくれるだろうかと不安になる。


「並木さん。明日来ますかね」


「ああ、あたしがフォローしとくから問題ない」


「フォローってどうやって。並木さんはもういないのに」


 家にでも直接出向くのだろうか。それとも。


「スマホでメッセージか電話かに決まってるだろ」


「連絡先知ってるんですね。僕に教えてくれたりは?」


「やるわけないだろ。自分で聞け」


「それができるなら三穂田さんに聞きませんよ」


 三穂田さんはまだやることがあるそうで、僕は一足先に学校を出た。もう一度先ほどの並木さんを思い出す。一生懸命に話す姿、目を輝かせて物語の魅力を話す姿、暴走気味で延々と話し続ける姿、それに気づいて恥ずかしがる姿。そんな姿とそのシーンを何度もリピートして思い出しているとあっという間に自宅に着いていた。

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