第14話 たどり着いた未来

 翌日、昼休みに一人で廊下を歩いていると並木さんと遭遇した。並木さんはクラスメイトと思われる女子二人と一緒にいた。目が合ったが、昨日のことを思い出したのかすぐに目をそらされてしまった。


 僕はどうするべきか思考を巡らせる。並木さんは男子が苦手だけど、男子とも仲良くできるようになりたいと思っていて、僕ならとりあえず大丈夫そうだと思ってくれている。


 ここで昨日のことも踏まえた上で、並木さんの友人二人がいる状況でどんな言葉をかけるのがベストなのか。下手なことを言って誤解させたり、引かれたりしてはいけない。並木さんにも、他の二人にも。


 僕が何かを言おうとしては言葉を飲み込んでいる姿を見て、友人二人は怪しい人を見るような目線で僕を見てくるようになった。しばらくじろじろと見られていたが、二人で顔を見合わせると何かに納得したようで、並木さんに聞こえないように僕の耳元に寄ってきた。


「あなた安積君でしょー。最近文芸部に入った」


「まあ、人畜無害そうだし様子見ね、茉美まみ


 二人は茉美と美優みゆと名乗った。二人とも並木さんと小学校からの友人

で、茉美の方は三穂田さんには及ばないが背が高くバスケ部だと言っていた。僕も平均くらいはあるはずだが、僕よりも大きい。


 美優の方は姉ほどではないが小さめの身長で、髪をまとめてお団子にして身長を盛っている。生徒会に入っていると言っていた。二人は軽く自己紹介した後僕のことを品定めするようにじろじろと観察する。上下前後左右すべての視点からの観察を終えると再び耳元に寄って来た。


「真由が男子と会話する練習台にはいいんじゃないかなー」


「ほどほどに仲良くなってね。万が一好きになっちゃっても手は出しちゃだめだよ。萌祢先輩にあることないこと吹き込んじゃうから」


 並木さんの周りには過保護な女子が多すぎる。二人が僕に絡んでいるのを見ておどおどしている並木さんを見ると、守ってあげたくなる気持ちも分かるけれど。


「じゃ、行こっか。茉美、真由」


 言いたいことを言って二人は行ってしまった。並木さんもそれに続くが、僕の隣で一度立ち止まる。


「昨日はごめんなさい。あの、また部活でね」


 そう言うと同時に軽く手を振って、二人の後を追いかけた。


「あ、うん。また」


 突然のことに反応が遅れてしまい、手を振って答えようとしたがすでに並木さんの後ろ姿しか見えなかった。僕はしばらく廊下に立ち尽くして、並木さんに手を振ってもらった喜びの余韻を味わっていた。



 放課後になって図書倉庫の扉を開けると、三穂田さんが仁王立ちで待っていた。挨拶をしてもうなずくだけで何も言わず動かない。僕はどうすることもできずに立ち尽くしていたが、やがて並木さんがやってくるとやっと口を開いた。


「今日の活動だが、富田先生から依頼があった」


 富田先生は文芸部の顧問の先生だが、最初に案内してもらったとき以来一度も部活で会っていない。四月当初どころか三穂田さんが一年生のときからそうだったらしい。そんな富田先生の依頼とは何だろうか。


「真由、望、床に積み上げている本は見えるな?」


「はい」


 並木さんがしっかりとした返事をする。もう昨日の恥ずかしさは乗り越えたようだ。昼休みは突然僕と会ってしまったから驚いただけだろう。三穂田さんが一体どんなフォローをしたのか気になる。


「この本たちは古くなって傷んでしまい、もう読むに堪えない状態になってしまったものだ。まとめて業者に回収してもらうためにとりあえずこの部屋に置いてある」


 ざっと見て百冊以上はありそうだ。ハードカバーのものも多く、重量も体積も結構ある。


「それを明日の午前中に業者が回収に来ることになったから、ゴミ捨て場の近くにこいつらを運んでおいてほしいそうだ。ちなみにこんなに量が多いのは昔の三年生が卒業するとき中学時代に読んでいた本を寄贈する文化があり、ついでに傷んで売れないし捨てに行くのも面倒くさい本も置いていったかららしい」


「それを僕らが運ぶと。ゴミ捨て場は一階というか外で、ここは四階ですよね」


「安心しろ、台車は借りてある。それに積んで一気に運べる」


「階段はどうするんですか? 」


「一階にも台車を用意してある。そこに積み直せば後は簡単だ」


「つまりこの本を持って階段を何往復もする必要があると。たった三人で」


 三穂田さんは楽勝だろうけど並木さんにそんな重労働はさせられない。いつも長袖のカーディガンを羽織っているから見えないけどきっと細くてきれいな腕をしているはずだ。重い本を持たせるなんてダメだ。そんなこと三穂田さんも分かっているはずだ。


「しかしな。富田先生の依頼をあたしは無碍にはできねえ」


 依頼に困難さを感じていながらも、先生の依頼を断ることもできず三穂田さんが葛藤している。並木さんは「大変そうだけどがんばりましょう」とやる気満々だ。健気でとても可愛い。 


 僕が人手かエレベーターでもあればいいのになんかと考えていると図書倉庫の扉が勢いよく開いた。


「真由ちゃん、会いに来たよ!」


 確かに昨日並木さんが会いたがっていると伝えたが、すぐに来た。僕の姉は部屋に入るなり並木さんを抱きしめる。並木さんの方が背が大きいので、姉の方が甘えている妹に見える。


「ごめんね。色々忙しくてなかなか来れなくて。寂しくなかった? 新入部員の男に嫌なことされなかった?」


 本のことを話す練習に付き合ってくれたり、色々助けてくれたくせにその言い草はひどい。


「だ、大丈夫です。安積君はとっても、えっと、優しいです」


 それから姉はめったに見ないテンションで並木さんと話をしていた。僕にしか聞こえないように三穂田さんがつぶやく。


「萌祢があんな風になるのは真由の前だけだ。やっぱ真由はすごいな」


「あ、違いますよ。姉ちゃんクローバーっていう男性三人組アイドルの前でもあんな感じです」


 気を抜くとテレビ越しでも未来が見えてしまうから好んでテレビは見ない僕だが、姉がキャーキャー騒いでいるのを聞いてそのアイドルのことはなんとなく知っている。一人一人がクローバーの一枚の葉を表していて、ファンが四枚目になって四葉のクローバーになるとか。クローバーの葉一枚に見立てたペンライトを公式で発売していてライブに行ったこともない姉もなぜか持っていた。


「まあなんでもいい。ちょうどいい所に来てくれた」


 三穂田さんはにやりと笑って姉に声をかける。姉はまだ並木さんに抱き着き続けていて、なぜか頭をなでてもらっている。


「萌祢。いくらお前といえども、あたしの大切な真由を好き勝手するは頂けないな」


「む、何が言いたいの」


「あたしらを手伝ってくれたら続きをするのを許す。手伝ってくれないなら力ずくで引き離す」


「手伝うって、何を?」


「生徒会の連中も呼んできて、床の本をゴミ捨て場の近くまで運んで欲しい」


 姉は「えー」と言いながら並木さんの顔を見る。助けを求めているようだ。


「えっと、お願い、します」


 並木さんがにっこりと笑って言うと姉は了承し、図書倉庫から出て生徒会の人たちを呼びに行ったようだ。


 僕は並木さんのことを勘違いしていたのかもしれない。守ってあげたくなるとかそういう次元ではなく、守らなければならない、言う通りにしなければならないと思わせる魔性なのかもしれない。その力に僕も姉も三穂田さんも茉美も美優もきっとやられている。


 そしていつか、並木さんと僕が仲良くなって並木さんが男子とも普通に接することができるようになってきたとき、多くの男子がその魔性に魅入られてしまうに違いない。



 生徒会の人たちの助けもあって本の運搬はスムーズに終えられた。なるべく並木さんに負担をかけないように並木さんが本を五冊運ぶ間に僕は十冊運んだ。三穂田さんはその間に二十冊は運んでいた。


 作業中並木さんのそばにはいつも姉か三穂田さんか美優がいた。過保護にもほどがあるが、生徒会の男子たちが並木さんのことをチラチラと見ていたので結果的には助かった。


 修一郎だけは並木さんに見向きもせずに黙々と働いていて、姉に目をつけられているに違いない。


 作業を終えると富田先生がお礼にビスケットをくれた。基本的に生徒は学校にお菓子を持ってくることは禁止されているので、こっそりと渡してくれた。ちょっとしたことだがこの特別感は嬉しい。


 図書倉庫に戻り僕と三穂田さんは食べていたが、並木さんはなかなか食べようとしない。


「真由、どうした? 食べないのか? 」


「あの、学校でお菓子って禁止されているので、気が引けちゃって」


「大丈夫だよ並木さん。先生がくれたんだから」


「そ、そうだよね。いただきます」


 真面目な並木さんのことだ。今まで校則を一度も破ったことがないのだろう。例えばスマホは持ち込み禁止となっているが皆隠れて持ってきている。もちろん学校で使っていることがばれたら没収されて親に返却することになっているけれど。僕はもちろん、生徒会長の姉でさえ持ってきている。


 並木さんもスマホを所持はしているのだろうけど、きっと家に置いてきているはずだ。そんな並木さんが罪悪感たっぷりな表情で恐る恐るビスケットにかじりつく。


 その一口はとてもとても小さなものであった。その可愛らしい姿に僕はつい笑ってしまった。びくっとして並木さんが僕の方を見る。


「あ、ご、ごめん。つい。その、これで並木さんも共犯だなって思って」


「あ、ひどい。わざと安心させるようなこと言って」


 図書倉庫には西日が差しこんでいて、並木さんの顔が赤くみえるのが照れやちょっと怒っているせいなのか、それとも光のせいなのか分かりづらい。昨日の暴走気味の並木さんを見たことや、少し大変だった作業を一緒に行ったことで、僕らは少しだけ軽口を叩ける仲になったような気がする。


 僕も並木さんも会話の中で自然と笑顔が増えてきて、そんな僕らを三穂田さんは何も言わずに見守ってくれていて、室温や日差しのおかげもあるけれど、暖かくて優しい空気が流れていて、心が満たされる。


 僕は並木さんと初めて会った時のことを思い出した。うっかり見てしまった未来の通り、ちゃんとこの未来にたどり着くことができた。


 穏やかでゆっくりと時間が流れるこの空間が好きだ。真面目で、綺麗で、律儀で、健気で、控え目で、丁寧で、礼儀正しくて、大人しくて、人見知りで、頑張り屋で、好きなことになると饒舌で、同性をも落とすくらいの魔性を秘めていて、言動の全てが僕の心を掴んできて、とてもとても可愛い並木さんのことが好きだ。僕は改めてそう思った。

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