第15話 劇を作る

 翌日の水曜日は並木さんが部活に来ない日だ。放課後並木さんが来ないなら僕も今日は帰ろうかと思っていたら、三穂田さんがわざわざ僕の教室まで呼びに来た。三穂田さんは黙っていればものすごく美人なので、普段目立たない僕が美人な先輩に呼び出されたという状況に教室は騒然となった。


 ざわざわとしている教室を後にして三穂田さんの後ろについていく。


「何の用ですか? 今日は並木さん来ないから帰ろうと思っていたんですけど」


「正直すぎるだろお前。やっぱり呼びに言って正解だった」


 図書倉庫に着くと、三穂田さんは部屋の隅っこにある掃除用具が入ったロッカーから箒を二本取り出し、一本を僕によこした。


「掃除ですか?」


「ああ、毎週水曜日は掃除の日だ」


「わざわざ並木さんがいないときに? 並木さんが知ったら自分もやるって言いそうですけど」


「いや、真由は関係ない。水曜日に掃除をするのはこの部の伝統なんだ」


 断っても良いことはなさそうなので大人しく掃除をすることにした。昨日床の本を運び出したことで、動ける床の面積はだいぶ広がったがその分埃も増えてしまっている。部屋の三分の二くらいの面積を占める本棚の隙間なども含めると二人で掃除するのは結構な重労働だった。


「お前は真由のどんな所が好きなんだ?」


 ある程度掃除を終えて一息ついていつもの席に座ると三穂田さんが突然聞いてきた。いきなりではあったが僕は真面目な所とか、健気な所とか、礼儀正しい所とか、可愛い所とか思っていることを全部言ってやった。今さら三穂田さんに隠してもしょうがない。


 三穂田さんは僕の言ったこと全部にうなずきながら、静かに聞いていた。


「昨日の昼休み廊下で偶然会ったんですけど、なんと手を振ってくれたんですよ」


 渾身のエピソードを披露してやった。もはや好きな所ではなく並木さんとの思い出を語っていた。すると三穂田さんも対抗し出した。


「私は、葵先輩のようなお姉ちゃんが欲しかったと言われたことがある」


 それは今までの並木さんとの会話からなんとなく分かる。


「実際にお姉ちゃんと呼ばせたこともある」


「それは、いけないことなのでは?」


「恥ずかしがって二度と呼んでくれなくなってしまった。いつかまた聞きたい」


 悔しそうな顔をする三穂田さん。本当にこの人も並木さんのことが好きなのだと再確認した。


 僕と三穂田さんは掃除もほどほどに、並木さんの可愛い所とか、並木さんとの思い出を語り合った。出会って五日しかたっていない僕は思い出がすぐに枯渇してしまい、三穂田さんの思い出を自慢話のように聞かされるのであった。





 それから数週間が過ぎて七月になった。水曜日は三穂田さんと掃除をしながら並木さんについて語り合い、他の曜日は本を読んだり、並木さんと本の内容について語り合ったりした。


 僕は並木さんの話についていくために並木さんが読み終わった本を読むことにして、その結果並木さんは家族をテーマにした物語が好きなことが分かった。家族愛とか家族の絆とかそういった内容の本をたくさん読んだ。


 十日後の月曜日に期末テストを控えた金曜日。テスト一週間前からは部活が禁止となるため、テスト前最後の部活となる。僕と三穂田さんは本を読まずに勉強していた。三穂田さんは家だと集中できないと言っていたが、僕は並木さんがいたほうが頑張れそうだから部活に来ている。  


 五月の中間テストでは一年生二百人のうち六十位くらいで自分では悪くないと思っていたが、三年生の中で一位だった姉に煽られたので少し焦っている。並木さんはいつも通り本を読んでいる。


「並木さんはテスト大丈夫?」


 気を紛らわすために並木さんに話しかけると並木さんは、「うん。安積君、頑張ってね」と言ってまた本に戻ってしまった。


 毎週水曜日に部活にこないのは塾に行っているからという話を最近聞いた。三穂田さん曰く中間テストでは二位だったらしく、並木さんは勉強が得意みたいだ。僕が勉強を頑張ろうと思った理由の一つでもある。


「真由、あたしのことも応援してくれ」


「はい。葵先輩、頑張ってください」


 三穂田さんは見た目通りというか中身に反して成績は悪くないらしいが、一年生の頃はあまり良くなかったようで、高校受験に向けて評定とかも取らないといけないからと必死に頑張っている。


「三穂田さんは南高校に行きたいんですよね?」


 以前姉がネットでこの辺の高校の制服一覧を見ていたときに一緒に見させられた。その中に未来の三穂田さんが来ていた制服を見つけ、それが南高校であると分かった。高校受験のことを考えていたらつい口走ってしまった。三穂田さんはぎょっとして僕の方を見る。


「な,なんで分かったんだよ。萌祢にも言ってねえのに」


「い、いやなんとなく、そうかなって。制服が似合いそうだし」


 我ながら厳しい言い訳だ。さすがに未来で見たからとは言えない。


「な、並木さんは、行きたい高校とかあるの?」


 誤魔化しながら並木さんに質問した。並木さんは読んでいた本を閉じて机の上に置き、体を僕の方へ向けた。少しだけしかめっ面をしている。


「安積君、ちゃんと勉強しないと」


 幼稚園や小学校の先生が子供を諭すときのような言い方で叱られてしまった。


「私は大学に行きたいと思っているから、とりあえずはできるだけレベルの高い高校に行きたいな」


 それでも質問には答えてくれる所が並木さんらしい。レベルが高いというと姉と同じ高校だろうか。学年二位なら狙えるレベルだろうし、真面目な並木さんのことだからきっと大丈夫だろう。つい並木さんの未来を見たくなってしまうが我慢した。


 ふとした拍子に色々な人の未来を見てしまうことは何度もあったが、並木さんの未来だけは初めて会ったとき以来一度も見ていない。うっかり見ないように最大限の注意を払っている。


 もし見てしまって僕以外の男子と仲良くしていようものなら僕は学校に通うモチベーションを失ってしまうし、ずるをしないで仲良くなりたいという気持ちもあった。




 並木さんに少しでも追いつきたいという気持ちと姉の煽りもあって期末テストでは三十位くらいまで順位を上げることができた。またもや姉は一位で並木さんは二位だったらしい。



 テストが終わりあと数日すると夏休みとなる。学校が休みなのは嬉しいが文芸部は夏休みに活動していなかったという話を聞いていたので並木さんに一ヶ月以上も会えなくなると思うと憂欝だった。まだ遊びに誘えるほど仲良くなれていない。


 そんな憂鬱を振り払ってくれたのは三穂田さんの一言だった。


「文芸部は夏休み中活動がない。が、今年は生徒会を手伝うことになった。いいな、真由、望」


 話によると、この学校では九月末に毎年文化祭が行われていて、生徒会が中心となって色々企画し夏休みに準備を進めるのだが人手が足りていないらしい。


 もともと生徒会の三穂田さんと、姉や三穂田さんに逆らえない僕は当然として、並木さんも頼まれたことはよほどのことがない限り断らない性格なので夏休みは文芸部一同生徒会を手伝うこととなった。夏休みも並木さんに会えると思うとやる気を出さざるを得ない。


 詳細は明日、僕らの他にも手伝ってくれる人も加わって生徒会室で説明があるとのことだったが、やる気に満ち溢れていた僕は自宅で姉に何を手伝えばいいのか尋ねた。姉は自室でノートを開き、色々書いたり消したりしながら質問に答えてくれた。


「劇よ、劇。毎年生徒会中心でやっているの。ストーリーの基本は勇者が魔王を倒して世界を救うお話。でもそれを基本としながらも毎年色々なアレンジが加えられるの」


「アレンジ?」


「そう。勇者が世界を救いさえすれば脚本担当が好きなようにオリジナル要素をぶっこんでいいの。例えば一昨年は勇者が色々な国から勇者を集めまくって十五人くらいの勇者が魔王をタコ殴りにしてたし、昨年は魔王がお姫様をさらったんだけど勇者が魔王の城に着いた頃には魔王がお姫様の尻に敷かれてて、戦わずにして平和になったりしてた。まあ衣装とか小物とかを使いまわせるから多少は楽できるし、脚本の負担も減るからからいい伝統ね」


「今年は誰が脚本作るの?」


 僕が聞くと姉は書いたり消したりしていたノートを見せてくれた。時間とか、未来とか、過去とか書いてある。その周りにたくさんのアイディアが生み出されては消された形跡が残っている。


「私。というか基本的に生徒会長が作るの。あんたが昔未来が見えるとか何とか言ってたのを思い出して、時間をテーマにしたら面白いかと思って。でも難しくて、私才能ないかも」


 僕が未来が見える力を持っているということは姉にとってはもう昔のことで、力を使いすぎて今では気をつけていないと勝手に見えてしまうくらいになっているとは思いもしないだろう。


「どうせ素人なんだから気楽にやればいいのに」


 ノートの荒れ具合からしてかなりの試行錯誤をしていたと思われる。やる気に満ち溢れていた僕でも引いてしまい心配するほどだ。


「それでも、素人の中学生が作ったにしてはすごいって言われたいの。文化祭は土曜日開催で色んな人が来るんだもの。学校として恥ずかしいものを見せられない」


 姉は優秀がゆえに責任感が強く、苦悩しているようだ。あまり僕に弱っている所を見せたことがない姉だが今回はかなり困っている様子だ。


「あれ、その本」


 僕は姉の机の上に鎮座している見たことがある本を指差した。フューチャー大槻が書いた【予言】だった。姉はその本を手に取り、パラパラとページをめくり終盤のシーン辺りで手を止めた。


「ああ、これ? 前に読んだことがあるんだけど妙に印象に残ってて、過去に行く話だしなんか参考になるかなって思って。過去に行く展開とか面白そうだけどなかなかまとめづらくてね」


「その本なら並木さんが詳しかったな。いや、詳しいというかもうすごかった」


「何それ、詳しく」


 並木さんがこの本のことで大暴走したときの一部始終を説明した。今思い出しても新鮮で、もう一度見たいけど付き合うのも大変そうで見たくない。


「ふうん。なるほどね」


 姉は何やら悪い顔をしている。こういう顔をしているときは姉の頭の中で色々な処理が行われていて、目的達成のために人をどう働かせようか考えている。姉は「ふぅ」と一息つくと先ほどまでの苦悩の表情とは打って変わって晴れやかな表情となった。


「真由ちゃんを脚本補佐にしましょう。色々アドバイスをもらってこの本の内容をうまく脚本に落とし込む。どうせ素人の中学生が入場無料の文化祭で発表するわけだし、パクリでも誰も文句言わないでしょ」


 並木さんをそばに置いておきたい気持ちも混ざっていそうだが、確かに並木さんはたくさん本を読んでいて物語の作り方にも詳しそうだし、何より姉が参考にしようとしている本の内容にめちゃくちゃ詳しい。これ以上にない人選だ。


「僕は一体何をすれば。嫌だよ、劇に出るのだけは」


「あんたは大道具とか小道具担当ね。前の年からの遺産はあるけど、大道具は置いておく場所がないから細かく分解して保存してるから作り直さないといけない部分も出てくるし、小道具も脚本の都合で足さないといけないものもあるから結構大変ね」


「まあ、それなりにがんばるよ」


 細かい作業は嫌いではないし、人前で大きな声を出すような、舞台に立ったりすることに比べれば全然ましだ。


「あと配役なんだけど」


「それも姉ちゃんがやるの?」


「私は監督脚本出演その他もろもろ全部やるの。さすがに出演は端役にするつもりだけど、生徒会長として最後の大仕事だもの。どんな手段を使ってでもいい劇にする」


 かっこいい心意気で感心してしまった。弟として少しでも力にならなくてはと思う。


「それで主演の勇者役なんだけど、生徒会にいい感じの奴がいないのよね。やっぱりイケメンがいいなあって思うんだけど」


「ステージが遠くてあんまり顔は見えないから、演技ができれば誰でもいいんじゃないかな」


「甘いわね。中には双眼鏡を持ってくる人もいるんだから役者の顔は大事。大がかりなメイクをする道具も技術もないからもともとの顔がいいやつを採用しないと。あ、あんたの友達にイケメンの子いなかった?」


「幸一のこと? 確かにイケメンで身長も高くてモテモテだけど、バスケ部で忙しいと思うよ」


「私が何とか説得する。何組?」


「えっと、二組だったと思う」


 次の日姉は早速幸一に劇の主演として参加してもらう約束を取り付けていた。本当にどんな手段でも使うつもりである。

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