第16話 相談

 夏休みに入ると早速準備が始まった。脚本は並木さんの助けが入ったことで順調に進み、完成間近となっていて、ラストシーンの作成のため今も生徒会室のパソコンと姉と並木さんの二人でにらめっこしながら奮闘中である。


 メインの役を演じる出演者は今できている脚本に基づいて練習を始めていて、僕ら道具班やあまり出番のない端役の出演者は脚本を待つ間に確実に使うことが分かっている大道具や小道具を準備することになった。


 僕は道具班のリーダーである修一郎と一緒に魔王の城を作るため、段ボールを灰色のペンキで塗り上げる作業にいそしんでいた。去年も同じようなものを作ったらしいが文化祭が終わって興奮したテンションのまま片づけをしたため破損してしまい作り直しとなったらしい。


 七月中旬のこの日は気温三十五度の猛暑となったが、ペンキを使う以上屋外で作業をしなければならず、日陰を求めた僕らは体育館の周りの犬走りを見つけ、そこで作業を始めた。体育館で部活をしている人たちが休憩のたびに僕らのそばを通りじろじろ見てくるので少し恥ずかしい。


「幸一、なんで劇に出る気になったんだろ」


 修一郎がつぶやいた。体育館を覗くとステージの上でメイン組が練習をしていた。僕らよりも部活をしている人たちに注目されていて、よくできるなと感心する。


「もともと目立つの得意だったし不思議でもないんじゃない?」


 幸一は小学校のとき、よく代表とか班長とかをやっていた。リーダーシップがあって運動も得意でおまけに顔がかっこいいからみんなが幸一の周りに集まった。健太と僕は幼稚園から、修一郎、幸一、拓哉とは小学一年生からの仲でもともと仲が良かったため、幸一のおこぼれで僕も友達を増やしていた。


 しかしあくまで僕とその人たちはお互い幸一の友達でしかない関係であったため、クラスが変わったり中学生になったりすると完全に縁は切れてしまった。今は学年一位の頭脳を持ち運動神経抜群の修一郎の周りに人が集まるが、中学生にもなるとおこぼれで友達はできなかった。


 僕があまり大勢の人と関わろうとしないのも要因ではあるが、僕は未来が見えるとか関係なしに友達を作るのが得意ではない。


 修一郎の様子が最近おかしい、ということは姉から聞いていた。大勢の人の前に出ると緊張しがちなこと以外欠点のない人間だったはずだが、しょうもないミスをしたりぼーっとしていることが増えたらしく、作業ついでに様子を見ておくように言付かっている。


 今もペンキが段ボールから大きくはみ出し、地面を汚さないように敷いていた新聞紙にべったりとついてしまっている。新聞紙がなければ大変なことになっていた。


「修一郎、大丈夫? ぼーっとしてるみたいだけど」


 修一郎はハッとして僕の顔を見た後、作業に戻る。


「悪い。まあ、だ、大丈夫だよ」


 歯切れが悪い返事だが、顔色も悪くなく熱中症の類ではなさそうだ。でも何か言いたげで思い詰めている感じがする。どうしても心配になった僕は、何かヒントがあると思い修一郎の未来を覗いてしまった。

 

 夜。月明かりに照らされた広い場所に十数人ほどがまばらに座っていた。周りの風景からしてこれは学校の屋上だ。


 静寂かと思いきや視界の端で綺麗な光とともにドーンとかパチパチとか音が鳴った。これは花火だろうか。光と音の中を修一郎は誰かに向かって歩いている。一際小さな人影は僕の姉だ。隣には三穂田さんもいた。修一郎は姉に声をかけ、人目につかない貯水槽の影に連れ出した。 


 何かを決意して修一郎は口を開いたがその先を見るのは修一郎に申し訳なく、僕は現在に意識を戻した。


 なんで夜の学校の屋上で花火を見ているかはともかく、その夜に修一郎は僕の姉に何か大切なことを言うのだ。それはおそらく、僕が並木さんに抱いているものと同じ感情を言葉にしたもので、一世一代の大勝負なのだろう。


「修一郎、ほんとに大丈夫? 姉ちゃんも最近変だって心配してたよ」


「えっまじ? いやいや、でもほんと、大丈夫だから」


 姉を話題に出したらすさまじく動揺している。これは間違いなくそういうことだろう。自分の姉がそういう対象で見られていることを知るのはこれが初めてだから僕自身もどうするべきか困惑している。どうするべきか色々と考えて出した結論はとりあえず事実確認をする、だ。


「修一郎さ、誰か好きな人でもできた?」


 修一郎はぎょっとして僕の顔を見た。口を半開きにして固まっている。申し訳ないがそんな顔をしてはもう誤魔化しようがない。それは修一郎も分かっているようで静かにうなずいた。


「なんで分かった?」


「あー前に読んだ本に出てきた好きな人がいる人の描写が今の修一郎にそっくりだったから」


 嘘ではない。並木さんのおかげで僕は多くの本と出会い色々な登場人物と出会ってきた。性別は違ったけど、好きな人がいることを誰にも相談できない人にそっくりで、その人は友人が気づいてくれて色々相談にのってくれるが結局告白してもフラれてしまった。できるならそうならないように手伝ってあげたい所だが相手が姉では難しい。


「誰とか聞いてもいい?」


 すでに知っているのだが念のための確認だ。修一郎は下を向いて押し黙ってしまう。相談した方が楽になれるかとか、でも好きな相手の弟だぞとか、今頃そんな考えが修一郎の頭の中で駆け巡っていることだろう。


「望の姉ちゃん、萌祢先輩は彼氏とか好きな人とかいるのか?」


 僕の顔を見てそう言った後、修一郎は空を見上げた。真っ赤になったその顔は熱中症ではないはず。すでに知っていた僕は動揺もせずに答える。


「聞いたことはないけど、小学生の頃からずっとイケメンのお金持ちと結婚したいって言っていたし、アイドルのクローバーってグループにはまっているから、やっぱイケメンが好きなんじゃないかな」


「そっか。イケメンか」


 彼氏とかがいないと聞いて修一郎は胸を撫で下ろすが、すぐに不安そうな顔になって体育館の中を覗く。視線の先には休憩中だろうか、劇のメイン組の人たちと仲良く談笑する幸一の姿があった。僕らの間でイケメンと言えば幸一だ。


「幸一って萌祢先輩が頼んだから劇に出ることになったんだよな?」


「そうだね」


「もし幸一も萌祢先輩のことが好きだったら、俺勝てないよな。あいつイケメンだし」


「いや、そもそも幸一と姉ちゃんにそんなに接点がなくない? 僕らが遊んでいるときにちょっと会ったことがあるくらいだよ」


 それもそうだと修一郎は納得しペンキ塗りの作業に戻った。だがどこか上の空で作業に身が入っていない。


「俺、どうしたらいいかな」


 修一郎すがるような声で僕に相談する。あいにく恋愛相談に乗れるほど人生経験は豊富でないし、相手が自分の姉だと思うと余計に何をしたらいいか分からない。


「誰か他の人に相談とかしてみたら? 僕は自分の姉のことだし、そういう経験ないし」


「そういう経験と言えば文芸部の並木さん」


「え、ええ、な、並木さんがどうかした?」 


 ドキッとした。まさか自分に球が飛んでくるなんて思っても見ず明らかに動揺してしまった。


「生徒会の男子の中でちょっと話題になってた。可愛いけど全然男子と喋ってる所を見たことないって。でも望とだけは普通に会話してるよな。三組でも話題になってるらしい」


「へえ」


 いつか三穂田さんが言っていた、もしも並木さんが男子とも普通にコミュニケーションをとれるようになったら皆放っておかないということが現実に起き始めている。


「付き合ってんのかななんて噂もあるらしい」


「え? 僕と並木さんが? いや、いやいや、そんなのまだ早いよ。あ」


「まだってことは、付き合いたいとは思っているんだ」


 僕も修一郎もすぐ動揺してしまう所は似た者同士のようだ。結局僕も並木さんのことが好きなことを認めて、二人そろってどうしようかと悩み続けるのであった。


 僕らが作業の手を止めてぼーっとしていると体育館から今まで部活をやっていた人たちがぞろぞろと出てきた。十二時になり午前中の活動が終了したようだ。


 それに続いて劇の練習をしていたメイン組の人たちも出てきた。幸一は僕らを見つけると「お、望、修、お疲れ!」と言ってさわやかな笑顔で手を振ってきた。


 首にかけたタオルで汗をぬぐいながらペットボトルのスポーツドリンクを飲む姿はまるでコマーシャルのようで、イケメンは絵になるなあと思いつつ僕らは手を振り返した。


 バスケ部の幸一やバレーボール部の修一郎は午後から部活がある。それ以外にも部活がある人は午後からは抜けてしまうが、僕らのように暇な人間は午後も準備を続ける。

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