第18話 思い出の人

 店員さんのお言葉に甘えて飲料水サーバーの近くのスペースで少し休憩していたとき、なんとなくなぜ店員さんはこんなに優しいのかと三穂田さんに尋ねてみた。本当になんとなくで、大した答えは期待していなかったが、意外にも三穂田さんは真剣に答えてくれた。


 どこか遠くを見るような目で、何かを思い出すような顔をしながら、いつもの荒っぽい話し方とは違って優しい話し方で話してくれた。


「あたしらの二つ上の生徒会長がさ、色々やってくれたおかげでこのスーパーに限らず周辺地域からのうちの中学の評判いいんだ」


「色々っていうのは?」


「中学生ってのは子供だから一人では生きていけない。親だったり先生だったり地域の人だったり、周りの大人の助けがあるから生きていけるんだ。だから大人に感謝して恩返しするのは当然のことだっていうのがその人の考えでさ。親への感謝は家の中で自分で、先生への感謝は授業や部活、普段の学校生活で伝えればいい。地域への感謝は個人でやるのが難しいから生徒会主催でやろうってことになって」


「なんていうか、大人だったんですねその人」


「ああ、落ち着きがあって賢くて優しくてとにかくすごい人だった。あたしも萌祢もその人に憧れて生徒会に入ったんだ。弟のお前に言うのもなんだが、萌祢は本当に優秀な生徒会長だと思う。でも、あの人はもっとすごかった。まあ、文化祭の劇で勇者を十五人にしたのは賛否両論あったがそれ以外は完璧だったな」


 その思い出を語る三穂田さんはすごく穏やかでいつもの荒々しさがない。どこか寂しげで悲しそうな表情をしている。


「具体的には何をしたんですか?」


「そんなに大それたことじゃない。学校周辺のゴミ拾いだよ。週に一回場所を変えて毎週のようにやっていた。この辺ポイ捨てする奴多くて大変だったんだよ。あたしが一年生のときはうちの学校評判良くなくてさ。不良も結構いたし、このスーパーで万引きした奴もいて、地域の大人たちの目の敵にされてたんだ。ゴミ拾いを始めた当初は学校の内外から偽善だなんだって言われたり、自分たちで出したゴミを拾ってるだけだろみたいな文句も言われたこともあった。あたしら一年生はつらくなってやめたくなったんだけど、会長はやめなかったからあたしらもなんとかついていった。ずっと続けていたらさ、地域の老人会の人たちがジュースやお菓子を差し入れしてくれるようになったり、一緒にゴミ拾いをするようになったり、先生も最初は生徒会顧問の栃本先生、今のお前の担任だったか。あの人しか一緒にやってなかったんだけど次第に手伝ってくれる先生が増えて、生徒会以外の生徒も手伝いたいって申し出る奴が出てきて、多いときは先生十人くらいと生徒百五十人くらい集まったかな。学校や地域を巻き込んだ動きにまで発展して、この辺じゃちょっと話題になってたんだけど知らなかったか?」


 その時期は僕は小学五年生で、人の未来を覗いて楽しんでいた全盛期だったから覚えていなかった。


「まあいいや。それでいつの間にか私有地とか店の敷地とかの草むしりとかまでわざわざ許可取ってやるようになって、まあ今考えるとそれはやりすぎだと思うけどな。でもそれで地域の人に感謝されて、地域の人らの学校を見る目が変わって、このスーパーの店長なんて現金なもんで、万引きが多かったからうちの学校の制服とかジャージ着てると出禁するってまで言ってたのに、ゴミ拾って雑草むしって周りが綺麗になったら掃除のコスト削減できたし、売上も上がったって大喜びしてさ、自腹で店の商品差し入れしてくれて」


「それがあったからさっきの店員さんあんなに優しかったんですね」


「そうだな。それで学校がいい雰囲気になってくると、不良も不良でいることが恥ずかしくなってきたのか鳴りを潜めるようになって、ゴミをポイ捨てする奴もいつの間にか減っていった。今でも規模は縮小したけどたまにゴミ拾いやってるんだ。今度参加しろよ」


「はい。でもなんで縮小しちゃったんですか? せっかくいいことなのに」


「そりゃ、ゴミを拾いすぎてゴミが無くなっちまったからな。捨てる奴も減ったし。人手も頻度も少なくて済むようになったんだよ」


 三穂田さんはそれでも捨てる奴はいるけどなと付け足した。やはり表情はどこか寂しそうでいつもの三穂田さんらしくなくて心配だ。


「望。お前秘密は守れるか?」


 声色は優しいが、いいえとは答えられない圧力を感じる。僕がうなずくと三穂田さんは少し照れくさそうに話し始める。


「あたしはそのときの会長のことが好きだったんだ。さっきあたしと萌祢が会長に憧れて生徒会に入ったと言ったが、萌祢が憧れたのは優秀さやカリスマ性の部分で、あたしはあの人そのものに憧れた」


 三穂田さんも恋とかするんですねと心の中で思ったつもりだったがうっかり口に出していた。おでこを小突かれると思って隠したが、昔の恋を思い出してセンチメンタルになっていた三穂田さんは鼻で笑うだけで許してくれた。


「その人は文芸部だった」


「だから三穂田さんは文芸部に?」


「ああ、入学式で挨拶をした姿が印象に残ってて、最初は運動部の何かに入ろうと思ってたんだけど生徒会長が文芸部って所で一人で本を読んでるって噂を聞いてな。試しに行ってみたら一目惚れした。読書なんて全然好きじゃなかったのに無理して読んで、窓際に座って本を読む会長をチラチラ見るために偶然を装って机や椅子をあんな向きに変えて」


 窓際の席と真ん中の席が正面を向いているのに対し、いつも僕が座る入り口側の席は部屋の中央の方を向いていて、その向きに沿って座ると窓際や真ん中の人の横顔が見えるようになっている。


 もとからその向きになっていて掃除のときに机や椅子を動かしたときも三穂田さんは最後には必ずその配置に直していた。不思議だったが合点がいった。そのときの思い出を残しておきたかったのだろう。


「なんか僕みたいですね。そのときの三穂田さん」


「そうだ。そのときのあたしとお前が被って見えたから、お前が真由と仲良くなるのを応援しようと思った」


「それがもう三分の一の理由ですか?」


 三穂田さんはうなずいた。確かすでに聞いている三分の一は並木さんが男子とも仲良くなれるようになりたいと言っていたからだったはず。


「それで、その人とはどうなったんですか?」


「どうなったっていうか何もなかった。卒業式の日に告白しようと思ってたんだが、バレンタインデーの日に同じ塾の他校の女子に告られて付き合ってたらしい。あたしは受験近いからって遠慮したのに」


「あ、すみません。嫌な思い出を」


「別にもう嫌じゃないさ。今ではいい思い出だよ。お前はあたしと同じような思いはしないようにな」


「前に友達より先はだめだって言ってませんでしたっけ」


「あれはやめた」


 どうやら並木さんのことが生徒会の男子やそこを通じて色んな学年の男子に少しずつ広まっていて、並木さんに興味を持つ男子が増えてきているらしい。修一郎の話を聞く限り生徒会と一年三組だけだと思っていたからこれには驚いた。


「あたしは真由を本当の妹のように可愛がりたいと思っているけど、実際の所は他人だ。だから真由の恋愛事情に口を出す権利はない。それを分かった上で言うが、変な男に取られるくらいならお前がいいなって思う。お前らが同じ画角に入っているとなんとなく収まりがいいというか、色んな事情を抜きにしてもお似合いなんじゃないかと最近は思い始めてきた。それに守山もりやま美優って知ってるか?」


 前に一度会ったことがある。並木さんの小学校からの友達で身長が低めのお団子頭の生徒会の子だ。今日は劇のメイン組の方にいた気がする。


「そいつが言ってたんだ。真由がお前と普通にしゃべってるのが信じられないって。そいつ真由とは小一からの付き合いらしくてさ、そのときからほんとに男子とまともに会話したことがないらしい。だからさ、お前ならいいかなって思うんだ。ものすごく勝手なことを言ってるのは分かっているけどな」


「三穂田さんにそんな風に言ってもらえるのは嬉しいですけど、並木さんにとって僕は何なんでしょう」


 客観的に見れば、会話ができる唯一の男子なわけだから特別な存在であると言える。だが並木さんの中でどう思われているのかが分からない。分からないから知りたい。


「今の所はただの友達、だろうな。お前と喋ってるときも美優たちと喋ってるときもたいして変わらん。だからこそ特別とも言えるかもしれないが、まあ今の真由に彼氏とか考えられそうもないし焦らず気長に頑張れよ」


 頑張れよと言った三穂田さんの表情はそれはもう今までに見たことがないくらい優しくて、応援を受ける代わりに三穂田さんの無念や思い出も一緒に背負っているのだと感じさせられた。


「ただし、真由を怖がらせたり悲しませたりしたら許さないからな。命がけで真由を守れよ」


 一瞬でいつもの調子に戻った三穂田さんは僕に脅しをかけながら席を立った。そろそろ戻らないと姉が心配するかもしれない。

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