第19話 酔っ払い

 スーパーの外に出るとやはり灼熱だった。店員さんにもらった氷がありがたい。


「あ、わりぃちょっと待っててくれ」


 店の外に出たところで三穂田さんは僕に持っていた段ボールを預け店内に戻っていった。


「栃本先生からお金を預かっててさ。皆に差し入れ買って来いって。すぐに買ってくる」


 両手いっぱいの大量の段ボールを持ったまま店内に戻るのも忍びなく、僕は出入り口近くの日陰になっているベンチに座って三穂田さんを待つことにした。暑くはあるものの、日差しが当たらないだけでかなり涼しく感じる。


 先ほどの三穂田さんの話を思い出す。見た目は清楚な文学少女のくせに口調は荒っぽいし、たまに小突いてくるし強引な所はあるけれど、並木さんはもちろん僕のことも色々考えてくれていて、期待してくれている。


「ずるいなあ」


 つい独り言を言ってしまった。昔の思い出とか恋とか、あんな話をされた上で応援されてしまったら、頑張らざるを得ない。とりあえずは並木さんともっともっと仲良くなろう。


 ベンチから後ろを向いて店内を覗くとレジで会計をしている三穂田さんが見えた。


 そろそろかと思い段ボールをしっかり抱え直し振り返った瞬間、異様な匂いが僕の鼻を襲った。嗅ぎなれない強烈で不快な匂い。効果音をつけるならもわーんとかぷわーんとかつきそうな、昔祖父の家で嗅いだことがある僕の嫌いな匂い。酒の匂いだ。


 匂いの主は僕の目の前を通って隣のベンチに座った。左手にはビールの缶が握られていて、右手のビニール袋の中には同じビールの缶がいくつか入っているのが分かる。その人はベンチに深く座るとすっかり動かなくなり、真っ赤な顔をしながら、あーとかうーとか変なうなり声をあげていた。


 酔っぱらいの上に熱中症にでもなったかと七十歳くらい見えるそのおじいさんのことが心配になった僕は、この後この人がどうなるのか未来を見てしまった。


 車を運転している。青い軽自動車だ。ちょうど僕らがいるスーパーの駐車場を出る所だ。この人は車で来たくせに酒を飲んでしまったのだ。車は必要以上に左右に揺れる。たまにセンターラインをはみ出して対向車にクラクションを鳴らされている。

 それでも止まらずそのうちには色々な車にぶつかりながら走っていた。やがて車は細い路地に入ると塀や電柱などをかすめながら徐々にスピードを緩めていきどこかの家の駐車場に停止した。なんとか車と停止させることができたおじいさんは車の中で動かなくなっている。


 現実に戻ってくると僕はぜえぜえと息を切らしていた。最近は忘れていたが、良くない未来を見ると僕自身の体力が持っていかれる。久々の感覚で、やはり使ってはいけない力だということを自覚させられる。それなのに今日は修一郎と合わせて故意に二回も使ってしまった。


「おじいさん、大丈夫ですか?」


 あんな未来を見てしまった以上助けないわけにはいかない。見ず知らずの人と話すのは得意ではないが何とかしなければ。


 おじいさんは相変わらずあーといううなり声をあげるだけで反応が薄い。とりあえず冷やした方がいいかと思い首に巻いていたタオルから氷が入った袋を取り出し、おじいさんの首にあててあげた。


「あー、冷てぇー」


 やっとうなり声以外の反応が得られた。次は水分補給でもさせようかと思ったがこういうとき酒は良くないはずだ。何かないかと周囲を見渡すと、会計を終えた三穂田さんがペットボトルのスポーツドリンクを差し出した。


「ほら、飲めじいさん」


「おお、べっぴんさんだな。飲ませてくれ」


 酔っぱらいのおじいさんがそう言って口を開けて待っている所に三穂田さんはペットボトルの飲み口を強引に押し当てた。おじいさんの口と飲み口の隙間からこぼれているが飲ませることはできたようだ。


「望。酒持ってろ」


 三穂田さんは僕におじいさんが持っていたビールの缶を預け、おじいさんの体をベンチにゆっくりと横向きに寝かせた。


「じいさん。聞こえるか?」


「ああ」


「動けるか?」


「ああ」


「家、帰れるか?」


「ああ、大丈夫」


 動けるようになったらそのまま車で帰ってしまうかもしれない。それはまずい。


「あの、三穂田さん。その人多分車で来てます。さっき見ました」


 三穂田さんは大きな舌打ちをして、おじいさんが首からぶら下げていた携帯電話を手に取っておじいさんに見せた。折り畳み式のいわゆるガラケーというやつだ。


「じいさん、電話、借りるからな。誰か迎えに来れる?」


 おじいさんが答える前に三穂田さんは電話帳らしきページを開いていた。


「ばあさん」


「名前は?」


 さすがにばあさんでは登録されていないようで三穂田さんは何度も名前を聞き返している。しかしおじいさんはうなり声をあげだし言葉を発さなくなってしまった。


「くそ、適当にかけるわけにもいかないし」


 僕らが途方に暮れていると先ほど僕らを世話してくれた店員さんが外に出てきてくれた。


「どうしたの? あなたたち。中から見てたけど」


 僕が状況を説明すると店員さんは呆れた顔でまたかとつぶやいた。


「その人は舟津ふなづさん。奥さんの名前は恵子けいこさんね。いつもは一緒に来るんだけど今日は一人で来ちゃったのかしらねぇ。あ、私電話しましょうか?」


 店員さんが聞くよりも早く三穂田さんはおじいさんの奥さんに電話をかけていた。いつもより丁寧で大人っぽい口調でかっこいい。


 電話が終わると僕らと店員さんで舟津さんを店内の休憩スペースへ運びお迎えを待った。


 その間に店員さんは首元にあてていた氷を再び取り換えてくれた。


 店の入り口にタクシーが着くと舟津さんの奥さんらしきおばあさんが降りてきた。すぐに僕らの方へ歩み寄り、僕らに俺と謝罪をして舟津さんを連れて行った。二人は僕が未来で見たのと同じ青い軽自動車に乗り込み、おばあさんの運転でスーパーの駐車場を出て行った。

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