第20話 心配
その後、僕らも帰路に着いた。三穂田さんは差し入れを買ったビニール袋を片手に持っているため段ボールはほんの少しだけ持ってもらい、ほとんどを僕が持つことになった。
話し込んでしまったり、トラブルに遭遇したりでずいぶんと遅くなってしまったため、来るときよりも速足で歩いていて結構な重労働だ。普段運動しない僕にはきついが今日の三穂田さんに弱音は吐きたくなかった。
「さっきはありがとうございました。僕が関わり始めたのにほとんど三穂田さんにやってもらって」
「いいよ別に。言ってなかったか? あたしの家居酒屋やってて、酔っ払いには慣れてんだ。まあほとんど母ちゃんが酔っ払いの相手してるから見様見真似でやっただけだけど。昼は定食屋だからそのうち食べに来いよ。萌祢の奴いつか行くって言いながらまだ一回も来たことねえんだ」
うちはいつも母が食事を作ってくれているので外食をほとんどしない。最近母は仕事が忙しいのか帰りが遅くなることも多く、姉が作ってくれるときも増えた。それから弁当も作るようになった。僕も簡単な料理くらいはできるようになった方がいいと思いつつも、姉がやった方が早いしうまいし安全なので任せきりにしてしまっている。
「お前が助けてなかったらあたしは無視してたよ。酔っ払いを見慣れちまってあのくらいなら大丈夫と思っちまうからな」
「すみません、余計な手間かけて」
「いいよ。お前がああいうの見捨てない奴だって分かって良かった」
褒められているようで少し照れくさい。未来を見る力を使ってしまったが人を助けることができたのなら悪い気分ではない。
「ちなみに差し入れって何を買ったんですか?」
三穂田さんは両手がふさがっている僕でも見えるようにビニール袋を広げて中を見せてくれた。串に刺さった団子のパックがぎっしりと入っている。みたらし、あんこ、ごまの三本で一パックだ。悪くはないけど中学生への差し入れとしてはいささか地味なような気がする。そう指摘すると三穂田さんは自信満々に答えた。
「真由はこういうのが好きなんだ。団子とか饅頭とか大福とか。覚えておけ」
切ない恋の話とか、僕に対する優しさとか、頼りがいのあるかっこいい所とか、そういうのを見せてもらったばかりなのに、結局並木さんのことが大好きないつもの三穂田さんだった。
「遅い、何してたの? 往復二十分くらいの道のりで一時間以上も。二人でおやつでも食べてたんでしょ」
僕らが生徒会室に段ボールと差し入れを置きに戻ると、部屋の中には生徒会室に一つだけあるパソコンの前に、一つの椅子にお尻をくっつけて座り脚本を検討している姉と並木さんしかいなかった。
案の定姉は遅くなったことへの怒りでぷんすかしている。
「あの、葵先輩、望君。萌祢先輩は二人が思ったより遅いから途中で熱中症になったんじゃないかとか事故に遭ったんじゃないかってずっと心配していたんです。葵先輩はスマホ置き忘れて行っちゃうし、望君に連絡しても繋がらないし、私も心配でした」
並木さんもちょっとだけ怒っているように見える。スマホを見ると姉からの不在着信やメッセージがたくさん届いていた。学校に来るときはいつも音が鳴らないようにしていたのでそのままにしていた。
遅れたことに対してではなく、遅くなることを連絡しなかったり連絡が繋がらない状態になっていたことを怒られている。これは怒られても仕方がない。
「ごめんなさい」
「悪かった。今後は気をつけるよ」
僕らは平謝りするしかない。
「ごめんなさいって言ってもねえ。これだけ心配させて。どうする真由ちゃん、許す? 」
「そうですねえ、私もすごく心配したのでそう簡単には」
素直で優しい並木さんが姉のせいで意地悪になってしまった。これには三穂田さんも大焦りで、並木さんのご機嫌を取るため秘策を出す。
「そうだ、真由。これ、お詫びのしるしに」
並木さんが好きだと言っていたお団子だ。姉は「え、団子?」という顔をして僕の方を見たがこれは三穂田さんを信じるしかない。わざとらしく不機嫌そうにしている並木さんが差し出されたお団子をチラ見して一瞬目を輝かせたのを僕と三穂田さんは見逃さなかった。
「ほら、真由。あたしの分も食べていいぞ」
「そうだよ並木さん、僕の分もいいよ」
「そ、そんないっぱいは食べられません」
困惑しつつも団子のパックを一つ受け取り、並木さんは嬉しそうにそれを見つめている。まるで大好きなお菓子を買ってもらった子供のように。いや、それそのものではあるが。ニコニコしていて機嫌なんてとっくに治ってしまっているみたいだ。
「どうだ。あたしの選択は大正解だっただろ」
「すごいです」
姉と並木さんに聞こえないように僕は三穂田さんを賞賛した。
並木さんが陥落してしまっては姉も怒りを収めざるを得ない。姉は団子を嬉しそうに鞄にしまう並木さんの横で大きくため息をついた。
「まあ何もなかったんならいいわ。次からは気をつけなさい」
「はい」
「ところで真由ちゃんはなんでお団子しまっちゃったの?」
並木さんはきょとんとしている。真面目な並木さんが学校でおやつなんて食べるわけがない。
「皆で一緒に食べましょうよぉ」
並木さんの耳元でねっとりとした声で姉がささやく。並木さんを悪の道へいざなう悪魔のささやきだ。しかも自分の分の団子のパックを開けて、みたらし団子を並木さんの口元に近づけている。
「大丈夫よぉ。これは栃本先生が葵に買ってこさせた、先生公認の差し入れなんだから。栃本先生分かるよねぇ。生徒指導の主任。この学校でルールに一番厳しい先生なのよぉ。その先生がくれたものなんだから食べちゃって大丈夫よぉ」
並木さんは悪魔にそそのかされて、差し出された団子をパクリとしてしまった。もぐもぐと咀嚼して幸せそうだ。似たような光景を思い出す。あれは確か図書倉庫の古い本を運び出したときのことで、あのときおそらく並木さんは初めて校則を破った。きっとこれが二回目だろう。
「再犯だね」
以前に共犯だねと言ったことと掛けて言ったつもりだったが、姉も三穂田さんもそんなことは覚えておらず、大して面白くない一言ということで二人の顰蹙を買ってしまい、お釣りとレシート、そして三穂田さんが人数分より一個多く買っていた団子を職員室の栃本先生の元に持って行くように命じられた。
ちなみに並木さんもきょとんとしていたので覚えていないようだった。僕は並木さんとの会話はほとんど覚えているが、並木さんにとって僕との会話は日常の一コマでしかなくそんなに記憶に残るものではないみたいだ。
やっぱり三穂田さんが言っていた通り、並木さんにとっての僕という存在はただの友達の一人でしかないと考えるのが妥当だろう。気長に頑張れと言われたし、これからこれからと自分を鼓舞して職員室に入った。
職員室にはまばらではあるがそれなりに多くの先生がいた。授業がなくても先生たちは仕事がいっぱいあるとどこかで聞いたことがある。栃本先生に声をかけ、差し入れのお礼を言って渡すものを渡し終えて戻ろうとすると声をかけられた。
「安積。ちょうどよかった。少し座りなさい」
栃本先生の隣の席には今日は誰もいないようでそこに座るように指示を受けた。職員室とか、個人面談とか好きな人はあまりいないだろうけど、僕は特に嫌だった。
悪いことはしていないのになんとなく注意されそうだし、友達が少ないことを指摘されそうだからだ。五月の連休前に面談をしたとき、クラスで新しく友達はできたかと聞かれたが修一郎以外はいなかったのでいませんと答えた。その後一瞬だけ悲しい顔をされて、励まされたのを覚えている。
その後もちょくちょく仲良くなった奴はいるかとか聞かれていたが答えは変わらなかった。今も修一郎以外にクラスに友達はいないが、文芸部に並木さんがいるので全然気にしていない。栃本先生もそのことは分かっているらしく文芸部に入ってしばらくしたら友達関係のことを聞かなくなった。
栃本先生はごま団子を食べながら話を始めた。
「お前さんも食べるか?」
「い、いえ、自分の分があるので」
「そっか。ところでこれを選んだのは安積か?」
「いえ、三穂田さんです」
「ほー、さすがセンスいいなあ」
確かに買ったのは三穂田さんだが、ほぼ並木さんが選んだようなものだ。栃本先生はなかなか本題に入らず団子のうまさを語っている。何を聞かれるのかドキドキするので早くして欲しい。ごま団子を食べ終わったところで先生は僕の顔をしっかりと見つめて問いかけた。
「さて、安積。今は楽しいか?」
今というのはきっと文芸部に入ってから今までのことだろう。三穂田さんと出会って、並木さんと出会って、交友関係はそれくらいしか広がっていないけれど間違いなく楽しかったと言える。
三穂田さんが強引に引っ張ってくれて、並木さんがいることでモチベーションが上がって、サッカー部をやめたときと比べたら僕はだいぶましな精神状態で学校生活を送れている。だから素直に楽しいと答えた。
「そうか。よかったよ。文芸部に入ってから顔色も良くなったし、成績も良くなった。良い出会いでもあったか?」
前に姉が先生たちは誰と誰が付き合っているとかいつの間にか知っていると言っていた。こうやってコツコツと情報を集めているんだ。ここで僕がそうですと答えたら三穂田さんか並木さんのことを好きなことがバレバレだ。とはいえこういうときに嘘をつくのが苦手で正直に答えてしまう。
「まあ、そうですね」
「並木か」
「え?」
「前に三穂田や安積の姉さんの方から聞いた」
あの人たちは僕を応援しているんだか弄んでいるんだかどっちなのだろう。先生なら無暗にばらしたりすることはなさそうだけど、単純に恥ずかしい。
「付き合いだしたりすると遊びに走ったり、いちゃいちゃしたりで成績落としたり、周りに迷惑かけたり、浮気だの別れ話だのトラブル起こすやつらも多いからあんまり積極的に彼氏彼女を作れとは言いたくないんだがな」
すごく実感がこもっている。生徒指導担当として何度も経験してきたのだろう。
「先生個人的には、お前には頑張って欲しいと思う」
大勢の生徒の前では決して見せない優しい表情だった。
僕は友達が少ないし、人付き合いも苦手だ。でも、僕の周りにいてくれる人たちは皆良い人ばかりで、本当に恵まれていると思った。そんな人たちの期待を裏切りたくないし、僕もいつか何か助けることができたらと思う。
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