第21話 選択

 栃本先生にもう一度お礼を言って生徒会室に戻ると三穂田さんがいなくなっていた。差し入れを他の人たちに配りに行き、そのまま劇の練習に参加するらしい。


 ちなみに三穂田さんの役は魔王が最も信頼する配下である四天王の紅一点。美人だけど暴力的で冷酷な悪魔で、人間を血で赤く染め上げるのが趣味だとか。ぴったりとか言ったら小突かれるだけじゃ済まなそうなので決してそんなことは言わない。


 僕もせっかくもらってきた段ボールたちをペンキで灰色に染め上げてやろうと思い段ボールを手に取ったが、姉に呼び止められた。


「脚本のラスト、あんたはどっちがいい?」


 主人公の勇者の少年は年齢が一桁の頃からその力に目覚めていて、人間の中では一番強かった。八歳の頃に村が魔王の軍勢に襲われ、大好きだった幼馴染の少女を失ってしまう。それは勇者が戦う力を持っていたのに戦う勇気が足りなかったことが原因である。


 七年後、十五歳になった勇者は魔王との戦いに終止符を打つべく仲間とともに魔王討伐の旅に出る。魔王の配下の四天王を次々と退ける中、森の奥深くで賢者を助けたお礼に過去に戻る力を授けられる。


 初めは信じていなかった勇者一行だったが最後の四天王との戦いでわずかなミスのせいで敗北しそうになった際、苦し紛れにその力を発動させるとそのミスをする前の瞬間に戻ることができ、ミスを回避することで勝利することができた。


 すべての四天王を倒し残すは魔王のみとなった所で、勇者は過去に戻れば幼馴染を救うことができるのではと考える。しかしそれをすれば今まで倒した四天王との戦いもやり直し、死線を潜り抜けることで強固に結ばれた仲間たちとの絆もなかったことになる。


「で、最後勇者は過去に戻ってやり直すのか、四天王を倒した勢いのまま魔王を倒すのか、どっちにするか迷っていると」


 過去に戻る設定は唐突ではあるが短い時間のたった一回の劇だ。細かい設定は誰も気にしないだろう。【予言】という本では二通りの結末が用意されていたが劇でそれをやるのは時間が足りない。


「姉ちゃんや並木さんはどうしたいの?」


「意見が割れちゃってね。だからあんたに聞いてるの。皆に聞いてもまた意見が割れるだろうからもうあんたの意見で決めることにした」


「そんな責任重大な。ちなみにどっちがどっちの意見?」


「それを言ったらあんたの意見に影響が出るから内緒」


 その通りだ。絶対に並木さんの意見を選んでしまうだろう。僕個人の考えとしては正直どちらでもよかったが、できるなら並木さんと同じ方を選びたい。


 覚えているはずだ。【予言】の本の内容を大興奮で語っていた並木さんはどっちの終わり方が好きだと言っていたか。並木さんとの会話はほとんど覚えているはずだ。


 好きなものを早口で語っていた並木さん。三穂田さんでさえ見たことがなかった並木さん。恥ずかしくなって帰ってしまった並木さん。次の日会ったら手を振ってくれた並木さん。一生懸命重い本を運んでいた並木さん。


 少し思い出しすぎたが僕はちゃんと覚えていた。並木さんは過去に戻る方が好きだと言っていた。


「僕は過去に戻ってやり直して幼馴染を救いたいかな。救う力があるのに救わなかったらずっと後悔すると思うから」


「そう」


 姉はそれだけ言うと無表情でパソコンに何かを打ち込み始めた。並木さんはニコニコしてそれを見つめている。どうやら当たりだったみたいだ。僕がどちらを選んでも結末はすでに用意していたようで、五分もたたないうちに姉は作業を終えた。


「よし完成。栃本先生に言って、人数分印刷してもらって来て。私は先に劇の練習に合流しとくから」


 姉は完成した原稿を一束だけプリントアウトして僕に渡し、生徒会室を出て行った。ずっと脚本を書いていて疲れているだろうに、元気なものだ。


「萌祢先輩、時間を気にしていたの。過去に戻ったら絶対に時間伸びちゃうから大変だって。でも、私は勇者の気持ちとか幼馴染の気持ちを考えたら、助けてあげたいなって思っちゃって。大丈夫かな」


 姉の後ろ姿を見送りながら並木さんが心配そうに言葉を漏らした。


「なんとかなるよ。僕の姉ちゃんは割とすごいんだ」


 並木さんはちょっとだけ笑顔になった。「ふふっ」とお行儀よく笑っている。本音が出てしまっただけだけれどそんなにおかしかっただろうか。


「安積君も萌祢先輩のこと大好きで、信頼してるんだね」


 思ってもいないことを言われてしまった。信頼はしているが大好きとかそんな風に考えたことは今まで一度もない。


「そんなことは、あの、もってどういうこと?」


「私も萌祢先輩のこと好きだから。今までも好きだったけど、今日ずっと一緒に脚本考えてたら、すごいなあって思ったの。私は面白くなればいいっていう視点だけで考えていたけど、萌祢先輩は時間のこともそうだし、演者や照明とかにかかる負担とか、道具班の準備の量とか、色々なことを同時に考えていて、かっこいいなあって思った」


 そう言われると姉はすごいと思う。なんでもそつなくこなして、色々な人の事情を考えていて、たまに暴君のようにきつい命令をしたりするけれどちゃんとフォローしてくれて、心配もしてくれて、きっと修一郎は生徒会でそんな姉を間近で見たから好きになったのだ。そして並木さんも。姉が兄でなくてよかった。


「並木さんは姉ちゃんとか三穂田さんみたいな強くてかっこいい女性が好きなんだね」


「うん。憧れる」 


 僕はこの日から姉や三穂田さんを目標にすることを決めた。


 それからの準備は大変だった。演者の方は監督の姉がかなりこだわって演技を作らせていたし、音響や照明も中学校の体育館という環境でできる最大限のパフォーマンスを目指した。僕ら道具班もより高いクオリティを目指して毎日のようにたくさんの道具を作成した。


 皆が大変な思いをした元凶は監督脚本演出その他もろもろ全部やって劇の全権を握る姉であるのだが、誰も文句は言わなかった。姉の言うことには説得力があったし、言うとおりにすればだいたいうまくいった。


 劇以外にも文化祭に際して生徒会の仕事はたくさんあったようだが、それも姉は全部完璧にこなしていた。練習や準備がない日に高校受験のための模試を受けに行ったみたいだが、いったいいつ勉強していたのか分からなかった。


 僕はそんな姉から色々学ぼうと、できる限り一緒に行動して手伝った。並木さんも脚本が完成したことで手が空いたが、小道具を手伝ったり、僕と一緒に本来やらなくていい劇とは関係ない生徒会の仕事を手伝ったりしていた。


 皆が一つの目標に向かっていて、大変だけど楽しくて、そんな様子を見ていた部活で学校に来ていた生徒たちも色々と手伝ってくれる人が増えてきて、先生たちも差し入れをくれたり、また段ボールが足りなくなったときに車を出してくれたり、どんどん関わる人が増えていった。

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