必ず未来に会いに行く

高鍋渡

第0章 僕は引きこもる ニート編

第1話 予言者

 未来を見ることができたらどうするだろう? 人助けをする。ギャンブルなどでお金を稼ぐ。占い師になったら絶対当たると評判になるだろう。富も名声も手に入れてきっと何不自由なく、楽しい人生を送ることができるだろう。


 でもそれは未来を見ることができない人が、見ることができるようになったらという妄想の話で、実際に未来が見えたとして人生の全てがうまくいくわけではない。


 未来を見る力を持っていた僕は、その力によって悲しみを背負い、中学生の頃から実家で引きこもり生活になり、二十歳になると六帖一間の安アパートに引っ越して一人で引きこもっている。


 僕は昔、ヒーローになりたかった。



 二月の初旬、目は覚めたもののまだまだ寒さが厳しく、暖かい布団から脱出することができずにグダグダとしていると、ピンポーン、と僕が引きこもり生活をおくっている部屋にインターホンの音が鳴り響いた。


 平日の朝八時、その音は決まってこの時間に鳴る。


のぞむ。起きてるー?」


 玄関のドアの外から声が聞こえる。けっこうな大声で、初めのうちは近所にも聞こえて恥ずかしかったが、今となっては慣れてしまい何の感情も抱かなくなった。しばらく無視していると声の主は合鍵を使って勝手に部屋に入ってきた。


「あ、まだ寝てる。早く起きなさい」


 声と同時に布団が引っぺがされる。その瞬間寒さが一気に体を包み込み、ブルブルと震えさせる。文句を言っても抵抗しても無駄なのは過去の経験から理解しているので、仕方なしに体を起こす。


 部屋に入り込み、布団を引っぺがしたのは僕の姉だ。身長が小さいわりに気が強い二つ上の姉に、僕は逆らえない。


「起きてるよ」


「嘘、寝ようとしてたじゃない。たまには私が来る前に起きてお茶の一杯でも用意しておいたらどうなの?」


 姉は僕がこの部屋で引きこもり生活を始めてから毎朝のように起こしに来る。生存確認と規則正しい生活をさせるためだそうだ。


「じゃ、私仕事行くから。ちゃんと朝ごはん食べて、あ、今日燃えるゴミの日だから出しておきなさい。まだ回収車来てなかったから」


 そう言って姉は部屋を出て行った。本当に僕を起こして、姿を確認するためだけに毎朝来ているのだ。姉は実家で暮らしていて、僕の住むアパートは職場までの通り道にあるから物理的、時間的にそこまで大きな負担ではないと思うが、気にかけてもらっていることを少し申し訳ないとも思う。


 姉に言われた通り、昨日のうちにまとめておいた燃えるごみの袋を回収場所に持っていき、部屋に戻る。牛乳を温め、食パンを焼き、ジャムをつけて食べる。そんなに動かないので毎朝一枚で十分だ。


 朝食を終えるとノートパソコンを起動する。何をしようか数秒悩み、今日はアニメを見ることにした。先ほど温めた牛乳を片手に配信サイトを開いていく。僕は中学生や高校生が主人公のいわゆる青春物や部活物が好きだ。自分の心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれる気がする。


 今日見るアニメは、容姿も普通、勉強も普通、運動は苦手で優しさだけが取り柄の女子高生が主人公で、ひょんなことから学校一のイケメン男子と知り合い、様々なトラブルやドラマチックな展開が描かれる青春恋愛物語だ。


 少女漫画が原作らしいが、男女関係なく人気があり評価の高い作品のようだ。原作はまだ続いていて二期目の放送が約半年後に決まっている。一期は半年前に終わっているが一気に見るのが好きなのでリアルタイムでは見なかった。



「ふー」と一息つく。アニメは高い評価も納得の出来で、一クール十三話の約六時間の間トイレや飲み物を用意し直す以外休憩を取らず、ぶっ続けで見てしまった。時計を見ると十五時を示そうとしていた。


 パソコンを閉じ、身支度を整える。僕の場合、引きこもりといっても他人と関わらないだけで外に全く出ないわけではない。最低限の買い物や散歩くらいはする。一日一回は外に出て陽の光を浴びるように姉にきつく言われているのもある。


 昼は食べなくても何ともないがさすがに一日にパン一枚では体がもたないため、夕食の準備のため近くのスーパーに買い物に行くことにした。


 外に出ると、朝に比べれば気温は上がってきたようだがまだまだ寒い。雪は降っていなかったようだが二、三日前に降って雪かきされたものがまだ道路の隅にしぶとく残っている。ちょうど近くの小学校の下校時間のようで低学年と見られる少年たちがこちらに歩いてきていた。  


 顔を見ないようにしてすれ違う。


 道路の隅にドーム型に集められた雪を手に取り雪玉を作りながら、将来の夢について話しているのが聞こえた。総理大臣になりたいとか、宇宙飛行士になりたいとか、子供らしく希望に満ちた夢を語る子もいれば、公務員になりたいと言う子もいた。


 公務員って何? という疑問の声が上がり、公務員になりたいといった本人が説明しているようだったがそれ以上は距離が離れてしまって聞こえなかった。まだ小学一年生か、二年生くらいだろうに、現実的な子もいるんだな、どんな家庭環境なのだろうかと思いつつ振り返り、少年たちの後ろ姿を見る。


 あんな風に友達と楽しくおしゃべりしたり、アニメの主人公たちのように恋をしたり、そんな時期が僕にも確かにあった。でもそれはもう昔の話で、もう戻ってこない。


 スーパーに着くと、出入り口の近くに設置されたベンチに奇妙な風貌の人が座っていた。その人の目の前には天板の表面を紺の布で覆った小さなテーブルが置かれている。


 黒いローブを身にまとい、頭にはフードの代わりに円錐型にとんがった帽子をかぶっていて、ずいぶんと目深に被っているため目元は見えない。しかも真っ黒なマスクで鼻や口を覆っているため、顔が一切見えない不審者でしかなく、買い物客は皆、その不審者の視界に入らないように足早にスーパーに入っていく。


 脇に【未来予知、失せもの探し、一回五百円】なんて看板が立てられているためあの人は占い師だという予想はついた。


 どうせそれっぽいことを言うだけのだろうとも思ったが、未来予知というワードが気になって少しの間近くで観察していた。スーパーの店員が何も言わない所を見ると一応許可を取っているのだろう。しばらくすると学校帰りと思われる女子高生が不審者に声をかけた。


「私、明日好きな人に告白するんですけど、どうなりますか?」


 普通はその人のことや相手のこと、シチュエーションなどを聞いて、水晶とかカードとかそれっぽい道具を使ってアドバイスするのだろう。しかしその占い師は手に何も持っていないし、テーブルの上にも何も置いていない。ただ相談者の顔をじっと見つめて――目線は見えなかったが顔の向きからしてそうだろう――しばらく経ってから優しく言った。


「大丈夫。成功しますよ。今考えている手順のまま、朝その人の下駄箱に【放課後に校舎裏で待っています】という手紙を入れて、ちゃんと自分の名前も書いてくださいね。昼休みに彼とばったり会っても会釈するだけにして、余計な会話をしてはいけませんよ。あとは放課後予定通り校舎裏に行けばすべてうまくいきます」


「は、はい! ありがとうございます!」


 女子高生はたいそう嬉しそうに五百円玉を差し出した。


「でも、占い師さんはなんで私が手紙で呼び出そうとしてるってわかったんですか? 何も説明してないのに」


 ごもっともな疑問だが、占い師は自分の脇に立てられた看板を指差して答えた。


「ここに書いてある通り、私は未来が見えるんです。それと」


「それと?」


「私は占い師じゃなくて、予言者ですよ」


 表情は見えないが、きっとドヤ顔だろう。その後もその女子高生と話が弾んでいるようで、占い師改め予言者は声色からしても若い女性のようだ。


 本当に未来が見えるのだろうか。告白の成否を占い師に尋ねるような人だから、きっと手紙で呼び出しなんて古風な方法をとるだろう予測しただけではないか。それが偶然当たっただけではないか。もし本当に未来が見えるのだとしたら、それは僕が持つ呪われた力と同じだ。


 僕は興味を持たずにはいられずにその予言者に近づいた。予言者は僕に気がつくとすぐに声をかけてきた。


「いらっしゃい。悩める若人さん」


 予言者の顔を見た瞬間、僕は動揺した。その目はあの子に似ている。片時も忘れたことのないあの子に。

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